キノコがもつ意外な健康応援成分をお知らせしています。前回は強い抗酸化能をもつエルゴチオネインというアミノ酸でしたが、今回のテーマは糖類の一種であるトレハロースです。
目次
【高機能糖類トレハロース】
トレハロースは糖類の仲間で、生き物特に細菌や昆虫がエネルギー源としてもっているものです。現在、私たちの身の周りではデンプンを原料に大量生産され、いろいろな食品に広く使用されています。
キノコに多いトレハロース
トレハロース→糖類→甘いものと考えると少し意外ですが、食材として多くのトレハロースを含んでいるのは酵母(パン酵母、ビール酵母)やキノコです。含有割合は酵母が約11%、キノコでもシイタケ、本シメジ、マッシュルームは10~11%、ナメコでは約23%です(奥 和之ら (株)林原生物化学研究所 1998年)。
糖類の比較
糖類の中で最も馴染みがあるのはブドウ糖とショ糖(砂糖)です。ここでこれら3つの糖類を比較してみましょう。まず糖の構成をみると、ブドウ糖はそれだけで出来上がっている単糖類です。ショ糖はブドウ糖と果糖から成る二糖類、今回のトレハロースもブドウ糖2つから成る二糖類です。
熱量はどれも同じく1gあたり約4kcalですが、水への溶けやすさと甘味度には少し違いがあります。甘味度とはショ糖(砂糖)の甘さを100としたときの相対的な度合いのことで、トレハロースは45と砂糖のおよそ半分の甘さとなります。
身近な働きとしては、ブドウ糖は基本的なエネルギー源で血糖値の基になるもの、ショ糖は砂糖です。そしてトレハロースはこのあと詳しく紹介する食品や健康に関するたくさんの機能を秘めた高機能糖類とよばれています。
トレハロースの機能性
砂糖と比べると溶解度は1/3、甘味度は1/2程度の糖であるトレハロースですが食品添加物として様々な商品に使用されています。食品に対するトレハロースの機能性の目玉は高い水和力です。水和とは水に溶けると同じような意味ですが「水を引き込む」というニュアンスになります。これは食べた時の「しっとり感・ふんわり感」として現れます。
食品機能ではデンプンの老化抑制作用やタンパク質の熱変性抑制作用があります。炊き立てご飯や焼き立てのパンが冷めて硬くなる/パサつくことをデンプンの老化といいます。プリンや卵焼きなどは加熱し過ぎるとス(=小さな穴)が入ります。また冷凍食品の餃子などは凍っている間に氷の結晶が成長すると食材の細胞を壊し、解凍後に水分が出てしまいます。このような食品の劣化を抑え、時間が経過しても「しっとり・ふんわり」とした食感を維持させる作用がトレハロースにはあります。
そしてトレハロースがもつ健康機能性として、骨を丈夫にする作用と運動時のエネルギー源としての興味深い働きがあります。これらについてはこの後、詳しく紹介しましょう。
【干しシイタケのトレハロース】
トレハロースという糖はシイタケやシメジ、マッシュルームといったキノコ類にたくさん含まれています。キノコの中でもシイタケは生と干したものがあり、干しシイタケは保存が効くだけでなく独特のうま味をもっています。加えてシイタケは乾燥させることにより、トレハロース量が増加することが確認されています。
乾燥時間と増加量
生シイタケの乾燥条件とトレハロース含有量の変化を測定した報告があります(田淵諒子ら 日本きのこセンター菌蕈研究所 2020年)。生シイタケを50℃で温風乾燥し、経過時間ごとのトレハロース量を測定したところ、2時間までで一気に増加しました。その後はほぼ一定量を維持し、24時間後ではさらにアップしていました。(なお、シイタケは乾燥するにつれて重量が軽減するため、生換算100gあたりとして算出しています。)
乾燥条件と増加量
次は乾燥条件をいろいろと変えてみた場合の増加量についての結果です。条件は以下の3パターンです。
① 50℃×24時間の温風乾燥
② 15分間の蒸気加熱後、50℃×24時間の温風乾燥
③ 50℃×24時間の加温
実験によるとトレハロース量は①のみ約2.5倍に増加、条件②と③では生シイタケとほぼ同量という結果でした。これよりシイタケ中のトレハロース増加には酵素反応が関与していると考えられました。すなわち条件②では乾燥前の加熱により酵素が失活、条件③では酵素反応は水分が減少する過程で進むと推察されました。
乾燥温度と増加量
最後は温風の温度についての検討です。温風条件を40℃~60℃として各24時間乾燥させたところ、生シイタケと比べトレハロース量は増えましたが、40℃(約4.5倍)、50℃(約4倍)、60℃(約3倍)と増加率は低下していました。
一見するとこの結果は40℃が最適温度と考えられますが、実はポイントは温度というよりシイタケが乾燥してゆく経過時間でした。シイタケから水分が飛んで行く時間は温度が低いほど長く、高いほど短くなります。ゆっくり乾燥させるほど酵素の反応時間は長くなり、より多くのトレハロースが産生されるということです。
以上の試験結果から、温風乾燥された干しシイタケはトレハロースが多く、健康機能性も高い食材と考えられます。
【トレハロースの健康機能】
最後に先ほど紹介したトレハロースの健康機能を2つ紹介しましょう。
骨密度の低下抑制
ペットは不妊手術後、肥満化するとよくいわれます。実際にイヌは約42%、ネコは約35%で体重増加が見られたという報告があります(三宅陽一ら 岩手大学 1988年)。また去勢手術を受けたイヌ雄では、術前の60%程度まで骨量が減少することが確認されています(Fukudaら 放射線医学総合研究所 2000年)。このように肥満と骨の脆弱化はペットの運動不足を招き、少しずつ骨折リスクを高めます。
実験動物を用いたトレハロース給与と骨密度の関係を調べた報告があります(田谷かほる ら 奥羽大学 2008年)。実験ではラットを3つのグループに分け、卵巣摘出手術を行った後の骨密度を測定しました。
蒸留水給与群ラットの骨密度は術後8週間で約10%減少しました。対して手術前4週間+術後8週間にわたりトレハロースを給与(10mg/体重kg)された群では低下率は約5%に抑えられていました。また術前4週間蒸留水+術後8週間トレハロースを給与されたラットでは蒸留水給与群と同じ減少率でした。
女性ホルモン(エストロゲン)には破骨細胞の働きを抑える作用があるため、卵巣を摘出すると骨の破壊が進行します。トレハロースにはこの破骨細胞の活動を抑え、骨密度の低下を抑制する機能があるとことが判ります。ただしこの作用はトレハロースを予防的(=卵巣摘出前から)に給与する場合に限られます。
持久的運動のエネルギー源
トレハロースはブドウ糖が2つ結合した二糖類ですので、十分なエネルギー源でもあります。現在、トレハロースをスポーツドリンクの成分に取り入れようとする考えがあります。
運動には2種類あり、100m走のように短時間に激しく筋肉を動かすものと、マラソンのような持久的運動があります。後者の場合はゆっくりと継続的にエネルギーを供給する必要があります。どちらの運動にしてもエネルギー源である糖は血液中に供給そして消費されるため、血糖値の変動が見られます。
被験者6人にブドウ糖またはトレハロースを50g摂取してもらい、持久運動を行った場合の血糖値の変動を調べた実験結果を紹介しましょう(奥 和之ら 1998年)。まずブドウ糖群は摂取後30分までに上昇し、その後急降下します。対するトレハロース群では上昇ピーク値はやや低いものの、その後はブドウ糖群よりも高い値を維持しながらゆるやかに低下します。
ヒトもペットも運動時には糖類によるエネルギー補給が必要です。トレハロースは、長時間にわたる持久的な運動のエネルギー源として優れた糖類であるといえます。
ほんの少しですが、朝晩は空気が涼しい気がします。これから秋の食材としていろいろなキノコがお店に並びます。キノコは食物繊維とビタミンDが豊富であることが広く知られており、加えて前回は抗酸化アミノ酸エルゴチオネイン、そして今回は高機能糖類トレハロースが特異的に含まれていることを紹介しました。
私たちの秋の食卓はもちろん、これからペットの手作りフードにもこれら健康機能をもったキノコを取り入れるのが楽しくなりそうです。
(以上)
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執筆獣医師のご紹介
本町獣医科サポート
獣医師 北島 崇
日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部獣医学科 卒業
産業動物のフード、サプリメント、ワクチンなどの研究・開発で活躍後、、
高齢ペットの食事や健康、生活をサポートする「本町獣医科サポート」を開業。