獣医師が解説

【獣医師が解説】ペットの栄養編:テーマ「シカ肉フードの調理法(2)」

前回に続き、ジビエ料理や手作りフードの材料としてのシカ肉をいかに美味しく調理するかという話をします。今回はあの食材やあの調味料を加えることでシカ肉の美味しさがアップするという内容です。

【肉の美味しさ分析】

私たちが料理を食べると美味しい/まずいなどと感じます。この食べ物の味は味覚センサーという機械で分析することができます。味は甘味・うま味・塩味・酸味・苦味の5つから成っているということはよく知られていますが、これらに加えて「先味」と「後味」というものがあります。

先味が美味しい肉

牛肉、豚肉、シカ肉の味を分析した報告があります(椿 智佳ら 北里大学 2022年)。3種類の肉に水を加えミキサーで攪拌後、95℃×2時間加熱処理したものを味覚センサーで各種の味を測定しました。報告ではここでうま味とうま味コクという項目に注目しています。

味覚分析でいううま味とは「先味」とも呼ばれるもので「口の中に入れた瞬間に感じる味」をいいます。測定結果ではうま味のおおよその値は牛肉10、豚肉8、シカ肉は4でした。牛肉と豚肉は先味が美味しい肉といえます。

後味が美味しい肉

うま味コクとは「後味」のことで「飲み込んだ後に残る味の余韻」をいいます。これのおおよその測定値は牛肉4、豚肉5.5、そしてシカ肉9となりました。牛肉や豚肉と異なり、シカ肉は食べた後からじわーと美味しさを感じる肉であることが判ります。

先味と後味のどちらを好むかは食べる人に因りますが、ペットの食事ではまず先味=食いつきが重要視されます。そこで先味が強い牛肉・豚肉と後味が美味しいシカ肉を上手く組み合わせると、総合的に美味しいフードが出来上がると考えられます。

【シカ肉と豚肉の合い挽き】

複数の肉から成る合い挽き肉という食材があります。スーパーでは牛肉、豚肉、鶏肉などの合い挽きミンチが売られていて、それぞれの肉の美味しさが上手く混ざり合っています。ここでシカ肉と豚肉の合い挽き肉で作るソーセージの美味しさに関する研究報告を紹介しましょう。

シカ肉配合割合

先ほど肉の美味しさを味覚センサーで分析した椿は、豚肉をベースにシカ肉を0%、25%、50%、75%、100%の割合で混合した合い挽き肉でソーセージを作りました。なお0%とはすべて豚肉、100%とはすべてシカ肉のソーセージという意味です。

230℃×5分間焼き調理した各試験品を9人のモニター(男性6人、女性3人)が試食して香り、味、食感などの評価を行いました。その結果、総合評価で最も美味しいとして選ばれたのはシカ肉25%+豚肉75%のソーセージでした。

シカ肉の合い挽き

シカ肉25%配合ソーセージの評価結果をもう少し詳しく見てみましょう。9人のモニターが項目別で最も好ましいとした割合は食感を除くと、香り(55.6%)、味(51.9%)、外観(44.4%)、そして総合評価(59.3%)と大変高い値でした。なお、食感が最も好評であったのはシカ肉50%+豚肉50%のものでした。

このように合い挽き肉にするとシカ肉に足りない先味(うま味)を豚肉が補い、豚肉に乏しい後味(うま味コク)をシカ肉が応援し、トータルとしてとても美味しい料理/フードが出来上がることが確認されました。

【多穀麹の活用】

少し前、大変なブームになった調味料に塩麹がありました。麹菌の作用により味に深みが増したり、肉が軟らかくなったりするということでいろいろなレシピが紹介されました。この麹菌を用いた調味料に多穀麹というものがあります。

軟らかさアップ

多穀麹とは大麦・ひえ・あわ・米などの穀物を麹菌で発酵させたもので、粉末状の商品として販売されています。多穀麹で下処理したシカ肉の味の変化をタンパク質/アミノ酸に注目して調査した報告があります(吉村美紀ら 兵庫県立大学 2011年)。

シカ肉ミンチに多穀麹を1%、2.5%、5%の割合で混ぜ練り込んでペースト状にして2日間冷蔵保存後、100℃×20分間スチーム加熱したものを試験品としました。機械を使ってこれら試験品を切断する力(=肉の硬さ)を測定すると、無処理対照のシカ肉ミンチと比べて20~25%ほど軟らかくなっていました。

なお、麹菌を含まない穀物のみで処理したシカ肉では数値の低下は見られませんでした。一般に肉の硬さはスジが関係しますが、この試験ではミンチにしているため肉本来=筋肉の硬さになります。すなわちシカ肉が軟らかくなったのは麹菌の作用であるということです。

アミノ酸量アップ

肉が軟らかくなった理由は麹菌がもつタンパク質分解酵素によるものです。このことは無処理対照肉とのアミノ酸量を比較することで判ります。測定された対照肉100g中の総遊離アミノ酸量を100とすると、多穀麹添加群は120~150と増加しています。

肉を構成するタンパク質は消化されると各種のアミノ酸に分解されますが、この時活躍するのが酵素です。麹菌はプロテアーゼというタンパク質分解酵素をもっており、これが2日間の冷蔵保存中に作用したと考えられます。

肉タンパク質の分解により生まれたアミノ酸の中にグルタミン酸というものがあります。グルタミン酸はうま味成分の1つでありこれに注目すると、多穀麹1%添加では約150、2.5%では約200、そして5%では約270と大幅に増えていました。麹菌がもつ酵素の作用によりシカ肉のタンパク質は分解され、うま味も大きく増加するということです。

総合的な美味しさアップ

最後に多穀麹を5%添加した肉と原料穀物5%添加肉の2つを大学生30人(平均年齢21.4歳)が試食評価を行いました。項目は色、香り、硬さ、硬さの好み、うま味、飲み込みやすさ、総合的な美味しさで、1(不評)~3(無処理対照肉と同等)~5(好評)の5段階評価としました。

結果は色についてのみ両試験品は同評価でしたが、その他の項目では多穀麹処理した方が好評でした。シカ肉を美味しく調理し、嗜好性をアップさせる方法として多穀麹の活用は大変有効であるといえます。

前回と今回はジビエ食材であるシカ肉を美味しく調理する方法を紹介しました。シカ肉は高タンパク質・低脂肪、オメガ3脂肪酸などの有用な不飽和脂肪酸を豊富に含むという魅力があるのに対し、独特なにおいや先味が弱いというハンディをもっています。

こられの弱点は牛乳への漬け込みや、豚肉と合い挽き肉にすることで解決できます。今後、ペットの手作りフードとしてシカ肉を使ったメニューがどんどん開発されることを楽しみにしています。

(以上)

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執筆獣医師のご紹介

獣医師 北島 崇

本町獣医科サポート

獣医師 北島 崇

日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部獣医学科 卒業
産業動物のフード、サプリメント、ワクチンなどの研究・開発で活躍後、、
高齢ペットの食事や健康、生活をサポートする「本町獣医科サポート」を開業。

本町獣医科サポートホームページ

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