獣医師が解説

【獣医師が解説】ペットとの生活編:テーマ「オーナー家族への咬傷事故」

ペットとの外出機会が増えるのに伴って咬傷事故の発生も増加します。前回は被害を受けている人の大部分は、通行中の他人であることを確認しました。今回はオーナーとその家族に起こるペット咬傷事故についてお伝えします。

【咬傷事故の治療実態】

みなさんは飼っているペットに咬まれた時、しっかりと病院に行きますか?他人にケガを負わせてしまった時、被害者には必ず病院で検査・治療を受けてもらいますが、自分の場合は「まあ、消毒くらいでいいかな」などと軽く考えてはいませんか?

受診までの日数

2013~2014年にペット咬傷で受診した患者46人(イヌ35例、ネコ11例)の治療内容をまとめた報告があります(富永冬樹ら 福岡東医療センター 2015年)。これによると咬まれてから病院で治療を受けるまでの平均日数は、イヌ(0.46日)ネコ(1.67日)です。

また平均治療日数はイヌ(4.6日)ネコ(28.5日)です。これから見ると、ネコオーナーは咬まれてもすぐに病院に行かず、その結果治療期間が長くなるという傾向があるようです。

手術の必要性

現在の日本において、ペットから狂犬病が感染する可能性はほぼゼロといっていいものの、何らかの感染リスクは充分にあります。咬傷部位が赤く腫れる(発赤・腫脹)、熱をもつ(熱感)、痛みがある(疼痛)などの症状は感染成立のサインです。

感染徴候が確認された割合は、イヌ(5.7%)に対してネコ(81.8%)と大きな差があります。また咬傷部位の治療として手術を行った割合は、イヌ(14.3%)ネコ(63.6%)とこの場合もネコの方が大変高い結果でした。

イヌ vs ネコ

以上、イヌ及びネコによる咬傷事故の治療データをまとめると発生頻度はイヌの方が高いものの、①咬まれてから受診までの期間 ②トータルの治療期間 ③何らかの感染リスク ④手術の実施率の4項目はネコ咬傷の方が高いことが判ります。

この理由として、一般的にイヌに比べネコの歯は小さく鋭いことがあります。傷口は一見小さいために「病院に行くほどの傷でもないだろう…」と考えがちですが、実際は深さがあるため感染したり、手術の必要性が高い場合が多いという訳です。

イヌ、ネコその他動物の種類に関係なく、ペットに咬まれた場合は早期に病院へ行き正しく治療を受けることが大切です。

【ペット咬傷の感染リスク】

私たちヒトを含め動物の口の中にはさまざまな微生物が存在します。動物に咬まれた時に感染が起こる確率はその動物種により差があります。

感染リスクが高いのは?

過去の研究報告によると、動物咬傷での感染率は10.0~25.7%とのことです。この中でイヌによるものは0~10.8%、ネコでは6.7~54.5%であり、先程の治療データと同様にネコ咬傷は感染リスクが高いことが確認されます。(畑中 渉 札幌中央病院 2019年)

ちなみにネコよりもさらに高い感染率を示すのはヒトで33.3~63.6%もあります。ペットや野生動物に比べてヒトに噛まれた場合は受診が遅くなり(誰々に噛まれましたというのが恥ずかしいからでしょうか…)、結果として化膿などの感染が成立しやすいようです。

注意すべき感染症

ヒトの場合はさておき、ペット咬傷で注意しなければならない感染症をまとめましょう。まず受傷後早期に発赤・腫脹・激しい疼痛が見られるのがパスツレラ症です。パスツレラは口腔内に常在する細菌で、保菌率はイヌに比べてネコはほぼ100%と圧倒的に高いといわれています。ネコの感染リスクが高いのはこのパスツレラが背景にあります。

あまり馴染みはありませんがカプノサイトファーガ感染症というものがあります。イヌ/ネコの口腔内保菌率は共に90%以上ですが、ほとんどの場合受傷部位には炎症は起こらず治ります。ただし、まれに数日ほど経過後に敗血症といった重症の全身症状が見られます。

動物咬傷の治療として破傷風トキソイドの注射があります。傷口が土や泥などで汚染された場合、嫌気性菌の一種である破傷風菌が侵入します。この菌が体内で産生する毒素は神経系を麻痺させるため、全身の強直性痙攣や死亡を引き起こします。トキソイドとはこの毒素を無毒化した注射剤です。

最後は狂犬病です。狂犬病は脳神経系をターゲットとするウイルス性の感染症であり、発症した場合の死亡率は100%です。感染源はイヌ、ネコ、野生動物(キツネ、コウモリなど)といった哺乳類です。日本は英国、オーストラリア、ニュージーランドと共に狂犬病清浄国ですので、咬傷治療時にヒト用狂犬病ワクチンの注射を受ける必要はありません。

【受傷部位】

家の中でペットが咬んでくるのには、一緒に遊んで欲しいという欲求や驚き・怖い思いの反応など理由はさまざまです。そして咬まれる部位はおおよそ手ではないでしょうか。ここでは受傷部位についていくつかを紹介します。

咬傷と欠損

ペット咬傷を治療した報告を見てみると、受傷部位のうちおおよそ70%以上は上肢(手、指、腕)です。この場合の「咬傷」とは咬み傷ですので、ガブっと咬まれた、歯が刺さったというものです。この他に咬みちぎられる「欠損」というものがあります。

ペット咬傷において欠損が報告されている部位では口周辺があります。三重大学の山本英志らが調査(1995年)したところによると、1975~1994年の20年間においてイヌに咬まれ受診した事例のうち口周辺では上唇および下唇が多く、次いで口角・オトガイ(=あご)・舌がありました。

ペットとのスキンシップは大切ですが、キスや口伝えで食べ物を与えることは衛生的に問題があります。さらに、どんなにペットと仲が良くても不意に顔を近づけた場合、唇特に下唇の一部を咬みちぎられるという事例があることを知っておいて下さい。

乳幼児の受傷部位

このようにペット咬傷では手・指・腕がよく咬まれているのですが、被害対象が小さな子供の場合、主な受傷部位は異なります。海外の報告(米国1995年、スペイン2002年、オーストリア2006年)では、5歳前後の幼児の受傷部位として顔・頭・首が全体の50~80%を占めています。

これは日本と異なり、海外では主に大型犬が好んで飼育されていることが背景にあります。イヌの目の高さにちょうど子供の顔・頭があるため、この部位が被害を受けやすいということでしょう。

もう1つ大変痛ましい事例として、日本小児科学会からオムツを着けている乳児への咬傷事故が報告されています。これによると就寝中もしくは昼寝中、家族が目を離した短時間にペット犬が乳児を咬むという事例があり、具体的にはオムツが破かれて外陰部からの出血が確認されたというものです。

乳児の外陰部が咬まれるのは、オムツの尿の臭いをエサと間違えるのではないかと考えられていますが詳細は判っていません。また被害は男児が多いとのことです。

これを受けて日本小児科学会では事故防止のために、次のような注意喚起を行っています。
・短時間でも乳児とペット犬を同じ床面で接触させない 
・乳児は必ずベビーベッドで寝かせる
・乳児の就寝中、ペット犬はゲート、サークル、ケージに入れる
・ペット犬には去勢を行う

イヌやネコは肉食動物ですので、その食事スタイルは鋭く尖った歯で咬みついて引きちぎるというのが基本です。このため咬傷事故では傷口は小さいものの深いために感染が起こり、またしばしば(一部)欠損という重症被害が見られます。

被害の程度にもよりますが、咬傷事故はオーナー家族とペットの良好な関係を壊す可能性があります。愛犬や愛猫との触れ合いには節度をもって、そして事故が起きた時は大事に至らないよう早期の受診・治療を心掛けましょう。

(以上)

執筆獣医師のご紹介

獣医師 北島 崇

本町獣医科サポート

獣医師 北島 崇

日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部獣医学科 卒業
産業動物のフード、サプリメント、ワクチンなどの研究・開発で活躍後、、
高齢ペットの食事や健康、生活をサポートする「本町獣医科サポート」を開業。

本町獣医科サポートホームページ

関連記事

  1. 【獣医師が解説】ペットとの生活編: テーマ「愛犬を狙う蚊」
  2. 【獣医師が解説】ペットの栄養編:テーマ「植物性タンパク質のちから…
  3. 【獣医師が解説】尿結石の再発を避けるために
  4. 【獣医師が解説】ペットの栄養編:テーマ「フードを活用したてんかん…
  5. 【獣医師が解説】ペットの栄養編: テーマ「コラーゲンペプチドの活…
  6. 【獣医師が解説】ペットの栄養編:テーマ「シカ肉の困ったイメージ」…
  7. 【獣医師が解説】ペットの栄養編:テーマ「練り物のタンパク質」
  8. 【獣医師が解説】ペットとの生活編: テーマ「着せていますか?ドッ…
老犬馬肉

新着記事

獣医師が解説

食事の記事

老犬馬肉
老犬馬肉
PAGE TOP