私たちヒトと同じようにペットも年齢が進むにつれて筋力は低下し、がんの発生リスクが高まります。前回と前々回とでは練り物/かまぼこの摂取に筋肉量をアップし、がんの発生率を抑える働きがあるという試験報告を紹介しました。今回は老化における最大の関心事である脳機能とかまぼこの関係を覗いてみましょう。
目次
【脳の働きと魚肉タンパク質】
魚、中でも青魚は脳の健康に良いとされています。これは魚油に含まれるω3脂肪酸(DHA・EPA)の働きであることが広く知られていますが、現在魚肉のタンパク質もこれに大きく関与していることが判ってきました。
物忘れを軽減する
マウスを使った脳の記憶保持能力を調べる試験に「受動的回避実験」という方法があります。2つの部屋AとBを仕切りで分け、マウスがAからBへ移動すると電気が流れるという嫌悪刺激を与えます。そしてある程度の時間をおいて再びマウスを部屋Aに入れ、Bに移動するまでの時間を測定します。この嫌悪刺激を回避する時間が脳の記憶保持能力となります。
通常のマウスとある薬物を投与して実験的に健忘状態にしたマウスの回避時間を測定した結果、通常群は約140秒、健忘群はわずか14秒ほどでした。部屋Bに移動すると電気が流れるという嫌悪記憶が低下したということです。次に薬物健忘となったマウスにかまぼこを1週間給与して同じ実験を行ったところ、回避時間は約50秒まで延びました(小嶋文博 盛岡短期大学部 平成19年度)。
受動的回避実験とは電気刺激を受けるという嫌悪記憶をどれくらいの時間保持していられるかというものです。かまぼこ給与は「物忘れ」を軽減させる働きがあるようです。
酸欠状態から脳を保護する
酸欠状態になった場合、真っ先にダメージを受けるのは脳です。神経細胞の集合体である脳は常に大量のエネルギーを必要とし、そのエネルギーの素はブドウ糖と酸素です。
マウスを対照群とかまぼこ給与群(10%、20%、40%配合)に分け、酸欠状態下でエーテル麻酔をかけた実験があります。この脳への血流がストップした状態での生存時間を測定したところ、対照群と比較してかまぼこ給与群マウスの方が2倍程度長かったといいます(小嶋文博 仙台白百合女子大学 平成21年度)。
老化が進むと脳を含め体全体への血流量が少しずつ減少します。血液は各臓器へ栄養分と酸素を運びそこではエネルギーが産生されるため、血流量の減少は細胞・臓器の死を招きます。この試験からかまぼこ給与は虚血状態の脳細胞を保護し、結果として延命効果が得られることが確認されます。
【かまぼこタンパク質の働き】
このように記憶力の保持や酸欠状態での延命効果など、脳が元気な状態であり続けることとかまぼこ給与との間には何か関係があるようです。ここでは脳を構成する神経細胞に焦点をあてそれを探ってみましょう。
神経細胞の成長を促進する
前出の小嶋はω3脂肪酸(DHA・EPA)とは別に、脳を健全な状態に維持する物質として魚肉タンパク質に注目して次のような実験を行いました。
ラットの胎児の脳神経細胞を取り出し、これに3種類のかまぼこペプチドを添加して培養しました。そして細胞から産生される成長促進物質(脳成長因子)の量を測定したところ、対照群よりもかまぼこペプチド添加群の方が有意に多かったといいます(小嶋文博 平成17年度)。
この試験に用いたペプチドとは3種類(タラ、スケソウダラ、イトヨリダイ)のかまぼこをすりつぶしω3脂肪酸を除くために脱脂・洗浄し、そして消化酵素によりタンパク質を分解したものです。これは丁度私たちがかまぼこを食べ胃腸で消化したのと同じ状態です。原料(魚の種類)に係わらずかまぼこペプチドには、脳神経細胞を成長させる物質の産生を促す作用があるということです。
神経タンパク質を合成する
近年ではさまざまな生体反応を遺伝子の発現量を介して確認するという手法がとられます。脳が若く健康な状態であるということは、神経細胞を構成するタンパク質が活発に作られていることになります。このタンパク質合成をコードする遺伝子の発現量を測定したデータを見てみましょう(小嶋文博 平成19年度)。
試験で測定された遺伝子は、次のように脳内の神経栄養因子や神経関連タンパク質の発現に係わるものです。
・BDNF …最も主要な神経栄養因子
・MBP、MAP2、NFH …神経を構成する各種タンパク質
これら遺伝子の発現量を通常エサ給与マウスとかまぼこ給与マウスとで比較したところ、かまぼこ給与群の方が大きく増加していました。かまぼこは脳神経細胞を構成するタンパク質の合成やその成長に係わる栄養因子の産生を促進していることになります。
このようにかまぼこという食材は単にタンパク源というだけではなく、脳を構成している神経細胞の維持・成長をサポートする機能性食品であるといえます。
【脳の老化に対する作用】
加齢に伴い記憶力が早く顕著に低下する老化促進マウスという実験動物がいます。これを用いてかまぼこタンパク質の脳老化に対する働きを調べた大変興味深い報告があります(細見亮太 関西大学 2022年)。
記憶力の低下を防ぐ
細見は次のような条件の下、魚肉タンパク質給与による認知機能の低下予防効果を検討しました。
●被験動物 老化促進マウス
●グループ 各エサを5か月間給与
牛乳カゼイン群 …タンパク源として牛乳カゼインをエサに配合
魚油群 …ω3脂肪酸(DHA・EPA)をエサに配合
魚肉タンパク質群 …脱脂したスケソウダラのすり身をエサに配合
●測定項目
Y字型迷路を使った短期記憶力試験
それぞれのエサを給与された特殊な老化マウスの記憶力を比較したところ、3群の中で魚肉タンパク質配合のエサを食べていたマウスが最も良好な成績でした。同じタンパク質でも牛乳カゼインより魚肉すり身、また脳機能に良いとされるDHA・EPAを含む魚油よりも魚肉すり身の方が加齢による記憶力の低下を抑えた結果になりました。
脳を健全に保つかまぼこ
最後に今回紹介した各試験データを元に、かまぼこが脳の健康に良い理由をまとめましょう。まず、脳血流に関してはかまぼこの魚油成分(DHA・EPA)が血液をサラサラにして脳への血流量を増やし、タンパク質成分は酸欠状態での脳細胞を保護します。
次に神経細胞に対して魚油はアルツハイマー型認知症の原因物質とされるアミロイドβの凝集を抑えるとされています。そして魚肉タンパク質は脳神経細胞を構成するタンパク質や成長因子の産生を促進し、常に脳を元気な状態に保ちます。
練り物/かまぼこはスケソウダラのすり身をメイン材料として作られています。スケソウダラは青魚ではありませんがω3脂肪酸をしっかりと含んでいます。これより良質なタンパク質と魚油(DHA・EPA)の両方を含むかまぼこは脳の健康をバックアップする健康機能食材といえるでしょう。
(以上)
執筆獣医師のご紹介
本町獣医科サポート
獣医師 北島 崇
日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部獣医学科 卒業
産業動物のフード、サプリメント、ワクチンなどの研究・開発で活躍後、、
高齢ペットの食事や健康、生活をサポートする「本町獣医科サポート」を開業。