獣医師が解説

【獣医師が解説】ペットの病気編:テーマ「新型コロナとズーノーシスリスク」

現在、みなさんは外出時にマスクを付けていますか?職場では定期的に窓を開けて換気をしていますか?自宅に戻ったら手洗い・消毒をしていますか?新型コロナの流行が始まった4年前には日本中で行われていた対策ですが、「もうそろそろいいかな…」という感じになっています。実はこれらの衛生対策はズーノーシス予防でもあります。

【ズーノーシス】

「ズーノーシス:人獣共通感染症」という言葉があります。これは人と動物に共通する感染症のことで、「動物由来感染症」とも呼ばれています。世界には約800種類のズーノーシスがあり、その内WHO(世界保健機関)が重要指定するものが200種類、そして日本においてペットが関与しているものは60種類程度あるとされています(数値は出典により異なる場合があります)。

病気の認識度

ペットオーナーがズーノーシスに関心があることはもちろんですが、一般の人達も正しい知識をもち、これに対処することは公衆衛生の観点から重要です。

10代~60代の一般市民150人(男性20人、女子130人)を対象にしたズーノーシスに関するアンケート結果が報告されています。なお、対象者の内、動物を飼っている人の割合は男性(45.0%)、女性(37.7%)です。(田中清司 (社)長野県食品衛生協会 2010年)。

内容を見てみると60代を除くどの世代でも30~40%、回答者全体では30.7%(男性6人、女性40人)の人が「動物から感染する病気を知らない」と答えています。ズーノーシスに関する認識度に世代間の差はほぼないことが判ります。

予防策の認識度

続いて「動物からの感染症の予防方法を知っていますか」という質問には、男女共におよそ半分の人達が知っていると回答しました。その対策としては手洗い(男性30%、女性36%)、その他に予防接種・ワクチン、動物とのキスをしないなどがありました。

この調査が行われたのは平成20~21年です。新型コロナが流行する以前から、ズーノーシスを含め感染症の予防対策として手洗いの重要性は認識されていましたが、その割合は30%程度というとても低い数値です。

【ペットとズーノーシス】

ズーノーシスの中でペットに由来する感染症について考えてみましょう。これの代表格が狂犬病ですが、日本は狂犬病清浄国であり65年以上国内発生はありません。現在の狂犬病ワクチンの接種率は約70%と算出されており、少なくとも年1回の予防注射時には狂犬病がズーノーシス:人獣共通感染症であることを認識すべきです。

動物病院での問い合わせ

オーナーの皆さんは愛犬・愛猫の病気・ケガ、定期健診などで動物病院に行く機会があります。ではこの時にズーノーシスに関する問い合わせをした経験はありますか?

富山県の動物病院21施設、スタッフ59人(獣医師、動物看護師、事務員)への聞き取り調査によると獣医師の87%、看護師等の51%がズーノーシスについてオーナーから質問を受けたことがあると答えています(瀧波賢治 富山市保健所 2005年)。また別の調査では、動物病院を来院した際にズーノーシスに関する情報提供を希望するオーナーは全体の96%であったといいます(生野佐織ら 日本獣医生命科学大学 2023年)。

このようにオーナーはペットと自身・家族の健康のためにズーノーシスには高い関心があり、獣医師と動物看護師はこれに対する正しい知識と情報の提供を行う義務があるといえます。

医師の診断経験

ズーノーシスは人と動物の共通の感染症です。動物の診断治療は獣医師が行い、人に対しては医師が担当します。では動物・ペットが感染源と考えられる症例を診断したことがある医師の割合はどれくらいなのでしょうか?神戸市と福岡市の内科医・外科医を対象にズーノーシスの診断経験についてアンケートを行った報告があります(内田幸憲ら 神戸検疫所 2001年)。

これによると直近5年間でズーノーシスを診断(疑わしい症例+確定症例)したことがあると答えた医師は1,939人中738人(38.1%)、そしてこの内ペットが感染源と思われる患者を診断した医師は365人(18.9%)でした。調査結果から日本で発生するズーノーシスのおよそ半分はペット由来のものであることが判ります。

ペットを原因とするズーノーシス

ではこの報告でペット由来ズーノーシスにはどのようなものがあったのでしょうか。上位にあがったのは次の4つでした。

第1位:猫ひっかき病(126例)
第2位:オウム病(87例)
第3位:皮膚糸状菌症・白癬(57例)
第4位:トキソプラズマ症(50例)

内訳では神戸・福岡共に内科系ではオウム病、外科系では猫ひっかき病の症例が第1位でした。中でも猫ひっかき病は内科/外科ともに診断数が多いペット由来ズーノーシスであることが判ります。

【新型コロナとズーノーシスの関係】

ペットを感染源とするズーノーシスを予防するためには、その発生要因をしっかり確認する必要があります。ズーノーシス流行の背景には人、ペット、そして両者が暮らす環境の3つがありますが、ここに新型コロナの流行が絡んでいました。

人側の要因

病原性の微生物(細菌、ウイルスなど)をもったペットと接触したからといって必ず感染するわけではありません。それは私たちには微生物に対する免疫力があるからです。しかし近年、高齢化や糖尿病などの生活習慣病の罹患により私たちの抵抗力は低下してきています。ここに新型コロナの感染が加わることでさらに免疫抵抗力は低減します。

また新型コロナ発生により在宅時間が大きく増えました。対して外出制限などで暗く落ち込んだ気分を癒してくれるペットと触れ合う機会は増えました。接触頻度の増加はペットからの感染リスクアップにつながります。

ペット側の要因

5年ほど前からイヌ・ネコの飼育頭数は少しずつ減少していますが、新規の飼育頭数は増加しています。この現象は新型コロナの流行によるものとしてニュースでも取り上げられました。また外出自粛の反動から室内飼育できる小型ペットの人気は高く、小型である点がさらに接触頻度を高める背景になっています。

環境側の要因

ペットと生活できるマンションが増えたこと、小型ペットの人気が高いことなど、現在大部分のペットは室内飼育されています。しかし、新型コロナ流行開始時と比べ、現在では部屋の換気回数は減っているのではないでしょうか?室内飼育と換気不足の条件が重なることでペットからの空気感染リスクは高まります。

新型コロナ感染症の5類移行により、最も大きく変化したことに人の移動があります。国内旅行はもちろん海外旅行、また外国からの訪日旅行客も一気に増えました。人の移動に伴い今まで日本では見られなかったズーノーシスが動き出すリスクが考えられます。
 

このように新型コロナ感染症が落ち着てついてきたような感覚により、あれだけ神経質に行っていた手洗い、うがい、換気などの実施頻度は現在低下しています。実はこれらの衛生対策はペットに起因するズーノーシス対策でもあります。

以前のようにニュースで新型コロナ感染症の新規感染者数は報告されなくなりましたが、現在も流行は続いています。ペットと暮らしを共にするオーナーの皆さんはズーノーシス予防の意味も込めて、今一度衛生対策の実施を心がけましょう。

(以上)

執筆獣医師のご紹介

獣医師 北島 崇

本町獣医科サポート

獣医師 北島 崇

日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部獣医学科 卒業
産業動物のフード、サプリメント、ワクチンなどの研究・開発で活躍後、、
高齢ペットの食事や健康、生活をサポートする「本町獣医科サポート」を開業。

本町獣医科サポートホームページ

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