香りにはリラックス作用や食欲亢進/抑制作用があることを紹介しています。これらの働きは香りが脳神経を刺激することによるものですが、近年香りを活用して高齢者の認知機能を回復させる研究が進んでいます。
目次
【嗅覚と認知機能の関係】
この2、3年「においが判らない…」と聞くと新型コロナの感染か?と考えてしまいます。これは嗅覚を担当する嗅細胞がウイルスにより障害を受けるためです。これとは別に以前から確認されているのが認知症患者の嗅覚低下です。
始まりは嗅覚ダメージ
ほぼ同年齢の健常高齢者17人(平均年齢75.27歳)とアルツハイマー型認知症患者100人(79.39歳)の協力の元、両群の嗅覚を検査した報告があります。健常高齢者グループの嗅覚スコアを100として認知症患者グループの結果を比較すると約39%も低い値となっていたといいます(神保太樹ら 昭和大学 2011年)。
アルツハイマー型認知症(AD)ではアミロイドβというゴミにあたる物質が脳神経細胞に蓄積し、その結果記憶力が衰え、続いて嗅覚などの感覚全般が鈍くなると考えられます。しかし近年、このアミロイドβは最初に嗅覚を担当する嗅神経に沈着すると報告されました(浦上克哉 鳥取大学 2022年)。すなわちAD患者の初期症状は嗅覚障害であり、続いて記憶障害が起こるというのです。
脳機能の活性化
加齢により衰えた嗅覚は回復するものでしょうか?同年代の健常高齢者を対象にした次のような試験報告があります(宗 未来ら 東京歯科大学 2021年)。
●被験者 健常高齢者(平均年齢69.5歳)
●グループ
対照群(59人)…エタノールを滴下したシールを服に貼る
試験群(60人)…アロマを滴下したシールを服に貼る
1日朝晩 2時間以上の嗅覚刺激を12週間実施
●試験群アロマ
朝用…ローズマリー、ペパーミントなどのブレンド精油
夜用…ラベンダー、オレンジなどのブレンド精油
このような設定で注意機能を評価するテストを行った結果、対照群では2.48ポイント、試験群では5.80ポイントの得点増加が確認されました。朝晩アロマを嗅いでいた試験群高齢者は脳の注意機能がアップしていたということです。
この実験で使用された朝用アロマの内容は交感神経を活性化し脳を刺激するもの、夜用アロマは副交感神経を活性化し脳をリラックスするものでした。私たちの体は自律神経により調節されていて、日中は活動モード(=交感神経が作動)、夜は休息モード(=副交感神経が作動)となっています。
香りを上手に活用し自律神経を応援することで衰えてきた嗅覚が回復し、これによって脳の注意機能も改善することが確認されました。
【認知機能の回復作用】
先ほどの試験データは健康な高齢者のものでしたが、認知症患者においても同様な結果が期待できるのでしょうか。次にアルツハイマー型認知症(AD)患者に対する香りの働きを見てみましょう。
見当識障害の改善
鳥取大学の木村有希らは介護老人保健施設に入所中のアルツハイマー型認知症(AD)患者 10人に4週間アロマを嗅いでもらい認知機能への作用を調査しました(2005年)。試験に使用したアロマは、日中は交感神経を刺激するローズマリーとレモン、夜は副交感神経を刺激するラベンダーとオレンジです。
認知症の症状の1つに見当識障害というものがあります。これは自分の名前や年齢、現在の時間や居場所などを認識する機能が低下するものです。4週間の試験終了後の見当識を評価したところ、被験者全体として症状の改善が見られ、中でも軽度~中等度のAD患者5人において高い回復度が確認されました。
知的機能の改善
認知症のレベルは自発性や運動機能、知的機能、感情機能などを指標に
評価されます。先ほどの見当識を含めた知的機能について調べると4週間のアロマ処置を受けた後は被験者全体で機能回復が見られ、特に軽度~中等度のAD患者で顕著となりました。
「認知症は記憶の前に嗅覚が損なわれる」という報告のように、香りを活用して嗅覚を刺激することで認知機能の改善が期待できます。そしてこの改善作用は認知症が重症になる前の初期段階(軽度~中等度レベル)において顕著であることも判りました。
【香りと高齢ケア】
脳機能の回復度を検査で調べるのは研究として大切なことです。一方ケアをされている方々にとっては、高齢者や高齢ペットの表情・しぐさが穏やかになった、介護負担が軽度になった、といった具体的な改善点が望まれます。
表情の変化
クロモジという植物があります。枝は和菓子に添えられる高級楊枝として使われ、葉・樹皮の香り成分はアロマとして活用されています。このクロモジ精油の介護利用者に対する働きを調べたデータがあります(菊川裕幸ら 神戸学院大学 2023年)。
試験では介護利用者(介護度1~3、平均年齢82.1歳)10人を被験者として、4週間クロモジ精油の香りをディフューザーで吸引してもらいました。吸引前後の表情を幸福、リラックス、怒り、悲しみの4つに分類しそれぞれの割合を算出したところ、ポジティブ感情(幸福/リラックス)は増加、ネガティブ感情(怒り/悲しみ)は減少する結果となりました。
介護負担の軽減
次は試験期間前後の介護負担度です。看護師、介護士、生活支援員 3者の総意で得られた評価では、クロモジ精油吸引期間中の作業負担度は軽減し、吸引を終了すると元の状態に戻ったとのことでした。
介護度1とは立ち上がり・歩行が不安定、介護度3は自力で歩行・入浴・トイレが出来ず介助を必要とするレベルをいいます。日常生活において介護利用者が過剰に興奮したり不満な表情をしていると介護実施者の肉体的/精神的負担は増えてします。適切な香りの活用は両者にとって大変有効であるといえます。
ペットへの応用と期待
今回紹介した研究データはヒトを対象にしたものでした。今のところ脳機能が低下した高齢ペットの回復報告は見当たりませんが、まったく期待できないことはないと思われます。それはペット特にイヌはヒトの100万倍から1億倍もの嗅覚をもっているためです。
イヌの嗅覚が優れている理由はにおい刺激を受ける鼻の粘膜エリア/嗅上皮の面積が広く、においをキャッチする嗅細胞は2億5,000万個~30億個もあるとされているからです(林 良博 国立科学博物館 2014年)。このことから高齢ペットの脳機能ケアに香りを活用する場合、私たちがわずかに感じる程度の薄い香りでも十分な結果が期待できると考えられます。
現在、脳機能の低下/認知症の対応として体操や音楽、動物との触れ合いといった非薬物療法が注目されています。これに加えて嗅覚を刺激する試みも進んでいます。今後、高齢ペットのケアに香りを活用することで良好な結果が得られたとする研究報告を待ちたいと思います。
(以上)
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執筆獣医師のご紹介
本町獣医科サポート
獣医師 北島 崇
日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部獣医学科 卒業
産業動物のフード、サプリメント、ワクチンなどの研究・開発で活躍後、、
高齢ペットの食事や健康、生活をサポートする「本町獣医科サポート」を開業。