獣医師が解説

【獣医師が解説】ペットの病気編:テーマ「マダニ媒介性感染症SFTS」

ヒトやペットに吸血するマダニについての話をしています。マダニは本来、森林や自然公園といった野外を生活の場としていますが、ここで動物に吸血することによりいろいろな感染症を媒介します。今回はズーノーシス(人獣共通感染症)の1つであるSFTSを紹介します。

【ダニが媒介するズーノーシス】

ダニの吸血よって私たちヒトや動物が感染する「ダニ媒介性感染症」には10種類以上あります。この中で現在、国内報告が年間100件以上あるものがツツガムシ病、日本紅斑熱、SFTSの3つです。

ツツガムシ病、日本紅斑熱

まず1つ目はツツガムシ病です。ツツガムシ(つつが虫)とは小型のダニの1種で、病原体はリケッチアという微生物です。北海道を除く全国で年間400~500件もの報告があり、11~12月が多発時期です。余談ですが、手紙の終わりの文章にある「では皆様つつがなくお過ごし下さい。」の「つつがなく」は「ツツガムシ病に罹らずお元気で…」という意味です。

2つ目は日本紅斑熱という病気で、マダニの吸血によって病原体のリケッチアに感染するものです。北海道・東北地方を除く地域で年間300件ほど発生しています。多発時期は5~10月と広範囲です。

SFTS

SFTSとは「重症熱性血小板減少症候群」というマダニにより媒介される感染症の略です。この病気は上記2つと比べて近年発生が確認されたもので、世界では中国が2011年、日本では2013年が初報告です。また発生地域は中国、韓国、日本、ベトナムで現在のところ東アジアに限られています。

SFTSの病原体はウイルスであり、西日本を中心に年間およそ100件、5~10月に多くの発生報告があります。

【SFTSの感染ルート】

国内で初めて発生が報告されておよそ10年が経過するSFTSについて詳しく見ていきましょう。SFTSウイルスを媒介するマダニは野外での生活とヒトやペットに付着して屋内で吸血するという2つの生活の場をもっています。

野外ルート

成虫のマダニは冬を越した後、春~初夏にかけて野生動物に寄生して吸血します。メスが産卵すると孵化した幼ダニは秋頃に大発生して同様に動物に吸血し、そして脱皮後に若ダニとなって冬を越します。マダニはこれ繰り返して生きています。

この野外におけるマダニの生活パターンがダニサイクルで、一般に吸血対象はシカやイノシシ、アライグマなどの野生動物です。このダニサイクルだけを見ると、私たちヒトはSFTSに感染するリスクはありません。

屋内ルート

宅地の開発や自然公園の整備に伴い、今まで山林で生活していたマダニはヒトやペットに接触する機会が増えました。ペットと一緒に緑の多い郊外の公園へ散歩に行く、ペットを連れてキャンプに行くなどして、マダニに咬まれたり服や被毛に付着させて家の中にマダニを持ち帰ってしまいます。

このように野外-野生動物という昔からの環境から、近年は野外-ヒト・ペット、さらに屋内-ヒト・ペットという新しい環境にマダニが入り込むようになりました。新しい屋内感染ルートによってSFTSはこの10年ほどの間に少しずつ拡がっていきました。

マダニのSFTS保有率

このような話をすると、すべてのマダニがSFTSウイルスをもっているような気になります。野外で捕獲したマダニからSFTSウイルスの遺伝子を検出することによってその保有率を調査した結果が報告されています。

調査はすべて2013~2020年の間に行われたものあり、鹿児島県7%(岩元由佳ら 鹿児島県環境保健センター 2017年)、熊本県0.18%および1.21%(大迫英夫ら 熊本県保健環境科学研究所 2018年)、大分県0.11%(加藤聖紀ら 豊肥保健所 2017年)でした。また名古屋市(榛葉玲奈ら 名古屋市衛生研究所 2017年)と宮城県(佐々木美江ら 宮城県環境保健センター 2021年)の調査ではSFTSウイルス遺伝子は検出されませんでした

現在のところSFTSウイルスをもっているマダニは西日本、特に九州を中心に確認されているようです。

【ヒトのSFTS】

2013年に国内初報告があがったSFTSですが、最新集計では累計患者数は805人ということです(国立感染症研究所HP 2023年1月更新)。この感染症への素早い対応のために、ヒトにおけるSFTS感染の疫学データを見ておきましょう。

主な症状

国立感染症研究所がSFTS患者170例(生存124例、死亡46例)の症状の発症割合をまとめています。これによると一般症状では発熱(99%)、全身の倦怠感(66%)、消化器症状では食欲不振(65%)、下痢(59%)などが高い値です。

加えて血液検査の項目では血小板の減少(95%)、白血球の減少(88%)とあり、おおよそのヒトの致死率は27%とされています。この病気SFTSが「重症熱性血小板減少症候群」と称されている理由が判ります。

年代別発症リスク

次はSFTS患者の年齢について確認します。2023年1月現在の国内累計患者数805人の男女比はおよそ1:1(男性397人、女性408人)です。これを年代別に集計すると20代以下から50代までは6%以下ですが、60代(22.1%)、70代(33.9%)、80代(28.4%)とその割合は一気に上昇します。

SFTS患者の年齢中央値は75歳と高齢者の感染リスクが高くなっています。この理由として高齢者は体力/免疫力が低下している、また農林業のような野外での仕事が多いなどが考えられます。

月別発生割合

最後に1年間を通した月別のSFTS発生割合を見てみましょう。データは国内で初めて感染が報告された2013年から2020年までの累計です。これによると発生率は11~3月の冬場には少なく、5月に一気にピークとなり10月頃までで全体の80%の発生を占めていることが判ります(前田 健 国立感染症研究所 令和4年)。

このように梅雨入り前から秋口までの季節というのはマダニの生活サイクルにおいて、越冬後の野生動物への吸血(5~6月)、産卵から孵化(7~8月)、幼ダニの吸血・成長(9~10月)というステージに重なります。すなわち野外にすむマダニが越冬していない期間はすべてSFTS感染のリスクがあるということになります。

今回のテーマはマダニの吸血によって起こるSFTS(重症熱性血小板減少症候群)というズーノーシスでした。この病気の感染経路にはマダニ→ヒトの直接ルートの他に、マダニ→寄生動物→ヒトという間接ルートがあります。そしてこのマダニとヒトの間に位置する動物としてペットがいます。

次回は全国で報告されているペットのSFTSとペットから私たちヒトへの感染実例を紹介します。

(以上)

執筆獣医師のご紹介

獣医師 北島 崇

本町獣医科サポート

獣医師 北島 崇

日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部獣医学科 卒業
産業動物のフード、サプリメント、ワクチンなどの研究・開発で活躍後、、
高齢ペットの食事や健康、生活をサポートする「本町獣医科サポート」を開業。

本町獣医科サポートホームページ

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