獣医師が解説

【獣医師が解説】ペットの病気編:テーマ「ペットからヒトへのSFTS感染」

マダニの吸血により媒介されるSFTS:重症熱性血小板減少症候群という感染症の話をしています。SFTSは2013年に国内で初めて確認され、今までおよそ800人の患者発生が報告されています。ヒトの致死率は25~27%と大変高く、その感染ルートの1つに私たちのペットが関係しています。

【動物のSFTS感染】

山の中といった野外を本来の生息地とするマダニの中にはSFTSウイルスを保有するものがいます。そしてこのマダニが野生動物に寄生・吸血することでその動物はSFTSウイルスに感染します。

野生動物の抗体保有率

動物が細菌やウイルスなどの病原体に感染しているか(または過去感染していたか)を調べる方法として抗体価測定があります。体内に病原体が侵入すると免疫システムがはたらき、その病原体の増殖を抑えようとする抗体が産生されます。群として見た場合、抗体保有率が高いとは感染頻度が高い、または病原体の汚染度が高いという意味になります。

和歌山県に生息する野生動物のSFTSウイルスに対する抗体保有率を調べた報告があります(石嶋慧多ら 国立感染症研究所 令和2年)。これによると30%以上の高い保有率であったものはアライグマ(32.4%)、アナグマ(30.0%)、シカ(33%)、ノウサギ(38%)、対して割合が低いものはイノシシ(3%)、リス(0%)、キツネ(0%)ということでした。マダニの吸血は動物種で差があるようです。

西日本に多いSFTS感染

近頃野生動物、中でもシカの保護が進み過ぎて、山の樹木や農作物が荒らされるといった事件を耳にします。抗SFTSウイルス抗体をもつ野生シカの割合を国内の地域別に見てみると、東日本では北海道(0%)、東北(10.3%)、関東(4.7%)、中部(4.6%)と比較的低い値です。

対して西日本は14%以上あり、中でも中国(45.8%)と九州(23.8%)の保有率が高い結果でした。このデータから現在のところ、SFTSウイルスを保有するマダニは西日本、特に中国および九州地方に多く生息していると考えられます。

【ペットのSFTS感染】

マダニの吸血によりSFTSウイルスは私たちのペットにも感染します。野外でペットとマダニが接触する機会として考えられるのは散歩です。これからの季節は街中のアスファルト歩道は熱いため、愛犬の散歩先は芝生や草むらが多い公園が好まれます。ではイヌとネコではどちらが多くSFTSに感染しているでしょうか?

イヌ vs ネコ

2021年6月末時点、国内でSFTSを発症したペット数はイヌ(19例)、ネコ(370例)と報告されています。またこれを季節別で見てみるとイヌは春~夏、猫は2~4月の春に多いようです(松鵜 彩 鹿児島大学 令和3年)。

意外にもSFTS発症ペットはネコの方が圧倒的に多いということですが、これには野外の活動が関係しています。イヌはオーナーと一緒でなければ外出・散歩はしませんが、室内限定飼育を除いてネコは比較的自由に野外を活動します。そしてその範囲は自宅周辺から少し離れた草むらや公園、さらには郊外まで広いことが理由にあげられます。

ネコの飼育状態との関係

このようにネコは野外活動の機会が多く、そのためマダニの吸血を受けるリスクが高いわけですが、実際にSFTSに感染したネコの飼育状況はどうなっているのでしょうか?

前出の松鵜の調査によると、飼育場所は室内及び屋外(70.7%)、主に屋外(27.3%)が全体の98%を占めており、室内限定飼育はわずか2%でした。またマダニ駆除薬の投与歴では感染1か月以内に投与(27.3%)、1か月以上前に投与(24.7%)、投与したことなし(48.1%)でした。

イヌと比べてネコは散歩に連れていかなくても良いため、飼育がラクであるという認識があります。しかしその裏返しとしてネコは自由に野外で活動します。SFTS感染ネコのおよそ半数は駆除薬の投与を受けていたことから、マダニ対策では被毛/皮膚の観察(マダニの付着・吸血の有無)、シャンプーやこまめなブラッシングなど日頃の管理が重要になります。

ペットの臨床症状

SFTS感染ペットの症状をおさえておきましょう。基本的には私たちヒトの場合と同じく元気消失、食欲減退、嘔吐、下痢、そして疾患名のとおり血小板数/白血球数の減少が認められます(前田 健 国立感染症研究所 令和4年)。

しかしイヌとネコの間では大きな違いがあります。まず下痢ですがイヌの発症率が43%であるのに対しネコでは5%と低い値です。そしてイヌでは見られない黄疸がネコでは100%確認されています。(動物の黄疸はしろめ部分の変化が判りやすいです)。さらに致死率はイヌ50%、ネコ59%です。このようにペットのSFTS感染ではネコが重症化しやすいといえます。

【ペットからのSFTS感染】

私たちヒトがSFTSに感染するには、このウイルスをもったマダニに接触する必要があります。マダニの本来の生息場所は住宅地から離れた山林やキャンプ場、自然の多い公園などです。したがって、ここにヒトが直接入って行くか、もしくは動物・ペットを介して接触吸血されるという経路が考えられます。

動物とヒトの関連性

先ほど多くの野生動物はSFTSウイルスに対する抗体をもっており、高いものの保有率は約30%であると述べました。そこで野生シカの抗体保有率とヒトのSFTS感染率との関係をみると、これら2つには関連性がありました。すなわちSFTS患者が発生していない地域のシカ抗体保有率は平均4.1%、対して患者発生地域では25.3%でした(石嶋ら 令和2年)。

この結果の背景として、マダニ-野生動物という本来の生息サイクルの中にヒトが入り込んでいる、またはマダニの生息地域とヒトの生活圏が近く、2つの間を別の動物がつないでいるなどが考えられます。この介在役の動物がペットということです。

ペットからヒトへの感染

SFTSはズーノーシスですのでヒトも動物も感染します。ではペットからヒトへのSFTS感染事例はあるのでしょうか。2017~2021年の間でペットからの感染として届出があったものの内訳を見ると、イヌ→オーナー(1件)、ネコ→オーナー(4件)、そしてネコ→獣医師、動物看護師(7件)となっています(前田 令和4年)。

野生動物での抗体保有率が高い九州地方の宮崎県でヒトのSFTS抗体価を調べた報告があります。一般の献血血液1,000検体の抗体陽性率は0%であったのに対し、動物病院スタッフ101検体では陽性率3.0%という結果でした(三浦美穂ら 宮崎県衛生環境研究所 2020年)。

このように日々多数のペットの診療に係わる獣医師や動物看護師はSFTSに感染するリスクが高い職種といえます。この場合の感染源はペットの皮膚や被毛に寄生していたマダニ、また感染ペットの血液や唾液、涙、排泄物とされます。オーナーも動物病院スタッフもSFTS感染リスクの感覚を持つ必要があります。

間もなく梅雨が明けます。1か月ほど雨で散歩に連れて行ってもらえなかったペットはストレスがたまっていることでしょう。また夏休みにペット同伴でキャンプを計画されている方も多いと思います。これからの梅雨明け~夏場にかけて、自然の多い郊外への散策時にはオーナーもペットもマダニの吸血被害・SFTS感染に十分ご注意下さい。

(以上)

執筆獣医師のご紹介

獣医師 北島 崇

本町獣医科サポート

獣医師 北島 崇

日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部獣医学科 卒業
産業動物のフード、サプリメント、ワクチンなどの研究・開発で活躍後、、
高齢ペットの食事や健康、生活をサポートする「本町獣医科サポート」を開業。

本町獣医科サポートホームページ

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