野生動物の保護が進み、中でもその個体数が増加しているのがシカです。山林では樹皮、丘陵地では草の新芽を食べてしまういわゆる「食害」が問題になっています。このため個体数の調整が必要になり、現在ではシカ肉をジビエ食材やペットフード原料として消費しようとする動きが盛んです。
目次
【シカ肉への興味】
皆さんはシカ肉料理を食べた経験はありますか?私は以前海外でシカ肉を赤ワインで煮込んだ料理を食べたことがありますが、特に違和感はなく美味しかったと記憶しています。
シカ肉に対するイメージ
神奈川県下の大学生120人を対象に、シカ肉に対する嗜好性を調査した報告があります(清水友里ら 日本大学 2017年)。これによると、シカ肉を食べたことがある31人(26%)、対して食べたことがない89人(74%)という割合になっています。この喫食経験がない89人(男性28人、女性61人)にシカ肉に対するイメージを聞いたところ、最も多かった回答は次のようなものでした。
○におい …臭い(85%)
○味 …クセがある(21%)
○食感 …硬い(87%)
このように私たちはシカ肉を食べる機会は多くないのですが、「臭みが強く硬い肉」というイメージをもっていることが判ります。
シカ肉への関心
調査結果をみると、若い人たちはシカ肉をあまり食べたくないのかな…と考えてしまいそうですが実際は違います。「シカ肉を食べてみたいと思いますか?」と尋ねたところ、喫食経験ありグループ(81%)、経験なしグループ(63%)もの学生の皆さんは「食べてみたい」と回答しています。
「臭みがあって硬いイメージがあるシカ肉を食べてみたい」という相反するアンケート結果の背景には、健康的な赤身肉、目新しいジビエ食材などの意味合いがあるのかもしれません。実際のところ多くの人たちはシカ肉に対して高い関心があるということです。
【シカ肉vs牛肉】
ここでシカ肉と身近な牛肉との硬さとにおいを比べてみようと思います。農林水産省東北試験農場の渡辺彰 らは次のような実験報告をしています(1993年、1998年)。
肉の硬さと熟成
シカおよび和牛のもも肉を3℃で13日間保存したものを試料とし、熱処理(70℃×1時間)後の肉の硬さ/せん断力を経日測定しました。結果、冷蔵保存期間を通してシカ肉は牛肉よりも軟らかいことが判りました(シカ肉の保存1日目のデータはありません)。
冷蔵保存中、肉のタンパク質は酵素による分解が進み、少しずつ軟らかくなると同時にうま味成分が増えていきます。これがいわゆる「熟成」というもので、牛肉(10~21日間)、豚肉(4~6日間)、鶏肉(1日間)が一般な熟成期間とされています(全国食肉事業協同組合連合会)。
この実験結果からシカ肉は3℃保存によって牛肉より短期間で熟成が完了し、速く軟らかくなることが確認されました。どうやらシカ肉=野生動物の肉=硬い肉というイメージが先行しているようです。
肉のにおい
次は冷蔵保存期間中のにおいの検査です。シカ肉および牛肉を1㎝のスライスにしたものを2.5℃の冷暗所に9日間保存し、経日的に3人の検査員がにおい検査を行いました。なお、肉の保存条件は次の2つです。
○空気下包装 …肉をプラスチック容器に入れ保存(シカ肉、牛肉)
○真空包装 …肉をポリ袋に入れ脱気保存(シカ肉)
検査員のにおい評価を0(全く感じない)~4(極めて強く感じる)で数値化したところ、空気下包装した牛肉では期間中臭気は感知されませんでした。対してシカ肉は日を追ってにおいが感じられるようになり、保存7日目以降は明らかな不快臭が認められました。
なお対象として設けた真空包装保存のシカ肉では、9日間の期間中不快臭の発生はありませんでした。
【シカ肉のにおいの原因】
肉から発生するにおいの原因として、まず考えられるのは雑菌の繁殖=腐敗です。シカ肉の冷蔵保存において発生した不快臭の原因を確認します。
菌の繁殖か?
先ほどのにおい検査を行った空気下包装のシカ肉および牛肉の表面をぬぐい取り、生菌数を測定しました。すると牛肉では保存7日目から一気に雑菌が増殖し、9日目では15,000個以上の菌数になりました。一方、シカ肉では保存期間中の菌の増殖はほとんど確認されませんでした。
予想に反して空気が存在する冷蔵保存では、牛肉と比べてシカ肉は菌の繁殖が少ないことが判りました。これよりシカ肉で発生したにおいは、雑菌繁殖による腐敗臭ではないということになります。では不快臭の原因は何なのでしょうか?
脂質の酸化
シカ肉に発生する特有のにおいの正体を見つけるため、次に肉の脂質酸化度というものを測定しました。すると牛肉は保存期間中わずかに増加するだけでしたが、シカ肉では5日目以降急増することが判りました。この数値の動きは、検査員が実施したにおい検査の結果と一致しています。これよりシカ肉の不快臭は肉に含まれる脂質の酸化によるもと推察されました。
脂質は複数の炭素(C)が手をつないだ形をしています。この内1本の手でつないでいる部分と2本の手でつないでいる部分(=二重結合)があり、二重結合は酸素と結びつきやすいという性質をもっています。これが脂質の酸化です。そして二重結合をもつ脂質を不飽和脂肪酸と呼んでいます。
シカ肉には酸化されやすい不飽和脂肪酸が多く含まれています。また前回紹介した筋肉色素ミオグロビンもたくさん含まれており、このミオグロビンには脂質酸化を促進する作用があります。このような理由からシカ肉を空気が存在する条件下で冷蔵保存すると酸化が進み、不快臭が発生すると考えられます。
豊富なオメガ3脂肪酸
複数の炭素が鎖状につながっている不飽和脂肪酸にはいろいろな種類があります。端から3個目の炭素のところに二重結合がある不飽和脂肪酸をオメガ3(ω3、n-3)脂肪酸といいます。皆さんがよくご存知のDHAやEPAはこのオメガ3脂肪酸のメンバーです。
牛肉およびシカ肉1gに含まれるオメガ3脂肪酸量を見てみると、和牛ロース(0.04㎎)、シカ肉:かた肉(0.35㎎)、もも肉(0.28㎎)、ロース(0.50㎎)という報告があります(石田光晴ら 宮城県農業短期大学 2001年)。DHA・EPAとして広く知られるオメガ3脂肪酸はシカ肉にたくさん含まれているのですが、その反面特有のにおいの発生原因にもなっているという訳です。
ジビエ食材、ペットフード原料として拡がりつつあるシカ肉は高タンパク質・低脂肪であることが魅力です。またイメージと違い実は軟らかく、DHA・EPAなどの健康機能成分も十分に含んでいるのですが、どうしても気になるのが特有のにおいです。
シカ肉の更なる消費拡大のためには、このにおいを何とか抑える必要があります。次回は肉の保存方法や調理方法の工夫によるシカ肉のにおい対策を紹介します。
(以上)
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執筆獣医師のご紹介
本町獣医科サポート
獣医師 北島 崇
日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部獣医学科 卒業
産業動物のフード、サプリメント、ワクチンなどの研究・開発で活躍後、、
高齢ペットの食事や健康、生活をサポートする「本町獣医科サポート」を開業。