「本町獣医科サポート」の獣医師 北島 崇です。
以前、このコラムで腎臓と尿生成のしくみについて書いたことがあります。今回はその続編です。意外な組み合わせですが「骨折と腎臓疾患」がテーマです。
目次
透析患者は骨折しやすい
腎臓は「沈黙の臓器」と呼ばれています。とても我慢強いのですが、ひとたび悪くなると元に戻ることは無く、回復の可能性もありません。みなさんの知り合いの中で血液透析を受けている方はいませんか?
血液透析(人工透析)
血液透析とは機能が低下した腎臓の代わりに、機械を用いて血液中の老廃物をろ過することをいいます。現在、日本ではおよそ33万人の透析患者がいるとのことです(一般社団法人 日本透析医学会 2016年)。
ヒトの医療関係では「透析患者は骨折しやすいため要注意」といわれています。これはどういうことでしょう。
透析患者と骨折の関係
血液透析患者128,141人を対象とした骨折発生率についての研究調査があります(新潟大学 若杉三奈子ら 2013年)。
若杉らは、透析患者が骨折する割合は一般の人のおよそ5倍である(男性6.2倍、女性4.9倍)と述べています。また、これとは別の米国における調査でも、透析患者は約4倍骨折しやすいという報告があります。
透析年数と骨密度の関係
一般的に骨折は、体の外側から大きな力が加わることによって発生します。しかし、カルシウムを主成分としている骨は強度に優れているため、そう簡単に折れることはありません。
骨の強度を示すことばとして「骨密度」があります。これは骨の中にカルシウムなどのミネラルがどれくらい存在しているかを表したものです。
大雄会第一病院透析センターの堀江正宣らは、いろいろな透析歴の患者115名を対象に手のひらの骨(=中手骨)の骨密度を測定しました。その結果、透析年数が長期間になるほど骨密度が減少することを報告しています(1992年)。
以上2つの研究発表から腎機能の低下は骨密度の減少を招き、その結果骨折のリスクが高まるといえるようです。これより腎臓は骨の強化に関係していることが判ります。
腎臓のはたらき
ではここで腎臓のはたらきをおさらいします。
4つのしごと
腎臓は大きく次の4つのしごとをしています。
①尿の生成 …血液のろ過
②血圧の調整
③赤血球の産生
④骨の強化維持 …活性型ビタミンDの産生
この中で一番大切なしごとは①血液をろ過して尿をつくることです。これが上手くできなくなって機械で代行するのが先ほどの血液透析です。
骨の強化維持
腎臓が骨と関係があるのはビタミンDをつくるためです。あまり馴染みがありませんが、ビタミンDはAやEと同じ脂溶性ビタミンの1つです。主な働きは血液中のカルシウム(Ca)濃度を一定に保つことです。
食物中のCaは摂取後、腸管から吸収されて血液中に入ります。ビタミンDはこの腸管からの吸収を促進して、血中Ca濃度を調整しているのです。
Caは骨や歯の主要な材料ですから、腎臓はビタミンDを産生することによって、骨の強化維持に関係しているということになります。
活性型ビタミンD
このビタミンDですが、私たち動物は食物から直接入手するルートと、体内で合成するルートの2パターンをもっています。では、体内で活性型ビタミンDがつくられるしくみを簡単にみてみましょう。
皮膚と紫外線
ビタミンDを体内でつくる場合、食物中の脂質が材料になります。脂質は消化されてコレステロールになります。(コレステロールは何でもかんでも悪者というわけではありません)
コレステロールは血液中を回って皮膚にやってきます。ここで太陽の光、すなわち紫外線と反応してビタミンD3というものに変わります。次にビタミンD3は肝臓でまた形を変えて最後に腎臓に届けられます。
ビタミンの産生に皮膚や紫外線が関係しているとは意外な感じです。
腎臓で完成
コレステロール→皮膚+紫外線→肝臓というルートを経て、最終的に腎臓でビタミンDが出来上がります。
ここで注意点です。血中Caの濃度調整作用があるのは完成品であるビタミンDのみで、途中経過であるビタミンD3(皮膚)や25-水酸化ビタミンD(肝臓)にはこの活性はありません。
したがって、これを強調するために腎臓で完成したビタミンDを「活性型ビタミンD」と呼んでいます。
腎臓疾患と骨折
では、いよいよ腎臓と骨折の関係について説明しましょう。
腎不全
慢性の腎臓疾患では経過が数か月から数年もの長期間に及び、腎機能はどんどん低下してゆきます。まったく症状が認められない初期ステージでも腎臓はすでに1/3しか機能していません。
この結果、腎臓で作られる活性型ビタミンDもじわりじわりと減少してゆくことになります。フードに含まれるカルシウム(Ca)を腸管から吸収する量が少なくなり、血中Ca濃度は減少してゆきます。
骨はCaの貯金箱
体において骨はCaの貯金箱のような存在です。血液中のCa量が増えすぎると骨に預けたり、逆に減ってくると骨から出したりすることができます。
腎機能の低下により血中Ca濃度が減少すると、脳は対応策として骨を壊して少しずつ持ち出そうと考えます。慢性の腎臓疾患では、骨(=貯金箱)からカルシウム(=貯金)が長期に渡って引き出されるというわけです。
骨密度の低下(骨折)
骨からCaの持ち出しが続き、貯金残高がどんどん減ってしまった状態が「骨密度の低下」です。Caを主成分とする骨はスカスカになり(=骨粗しょう症)、外からのちょっとした衝撃でも骨折を招くことになります。
冒頭で「透析患者(腎臓疾患)は骨折しやすい」と述べたのは、以上のような背景があるためでした。
腎臓をケアする生活
最後に毎日の生活におけるペットの腎臓ケアのヒントを紹介しましょう。
血管に優しいフード
腎臓の一番のしごとは血液のろ過でした。そのため腎臓には無数のろ過装置(ネフロン)が備わっています。このネフロンは毛細血管からできており、血圧によって血管の壁を通して老廃物や不要なミネラルなどを押し出します。
腎臓病療法フードでは窒素(N)、リン(P)、ナトリウム(Na)が制限されているのは、ネフロンの毛細血管に対するいたわりのためです。
「予防」という点から腎臓を大切にするフードを考えると、必要以上のタンパク質(=窒素N源)やミネラルが添加されていないナチュラル系素材をメインにしたものが適していることになります。
青魚:魚粉と魚油
骨の強化維持に大切な役割を果たしているビタミンDは皮膚~腎臓ルートで体内生成される他に、直接フードから摂取することもできます。
ビタミンDは肉や野菜にはあまり含まれていません。比較的多くのビタミンDが補給できる食物として魚やきのこ類があります。
ではここでペットフードの原料としてよく用いられる魚のビタミンD含有量を確認してみましょう。
可食部100gあたりではカツオやマグロといった大型魚よりも、イワシ(32.0μg)、サンマ(14.9μg)、ニシン(22.0μg)で多くのビタミンDが補給できます(日本食品標準成分表 2015年版)。
これよりビタミンDを多く含む魚種はいわゆる「青魚」であることが判ります。以前のコラムでもお伝えしましたが、イワシやニシンなどの青魚は「魚粉・魚油」の原料です。
魚粉はカルシウムを豊富に含み、魚油に含まれるオメガ3脂肪酸(DHA、EPA)には血液さらさら作用があり、共に弱った腎臓をサポートしてくれます。
青魚(魚粉・魚油)はビタミンD、カルシウム、オメガ3脂肪酸の供給源として腎臓に優しいフード原料といえます。
外出や散歩
体内でビタミンDをつくるには皮膚に紫外線を浴びる必要があります。その方法として一番手っ取り早いのはペットとの外出です。(ただし、炎天下の中の散歩は厳禁です!)
直射日光の下を散歩しなくても、曇の日は晴れの日のおよそ60%、木陰でもほぼ同じくらいの紫外線を受けているといわれています。公園の涼しい日陰で少しの時間をペットと一緒に過ごすくらいでも十分です。
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愛犬・愛猫の腎臓ケアはオーナーのみなさんに多い悩み事の1つです。今回は骨折という切り口からの腎臓疾患対策についてお話をしました。これでまたペットとの外出が違った意味で楽しくなるのではないでしょうか。
執筆獣医師のご紹介
本町獣医科サポート
獣医師 北島 崇
日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部獣医学科 卒業
産業動物のフード、サプリメント、ワクチンなどの研究・開発で活躍後、、
高齢ペットの食事や健康、生活をサポートする「本町獣医科サポート」を開業。