「本町獣医科サポート」の獣医師 北島 崇です。
以前、とにかく痛い3つの病気、いわゆる3大激痛として胆石、尿石、すい炎を紹介しました。今回はこの中の「すい炎」について解説します。
目次
すい臓とすい炎
まずはみなさんへ問題です。すい臓とは体のどこにある臓器でしょうか?もう1つ、すい臓は何をしている臓器でしょうか?
役割①:内分泌腺
すい臓と聞いてもピンときませんが、インスリンといえばみなさんも反応されるでしょう。すい臓は血糖値を下げる唯一のホルモンであるインスリンを分泌している臓器です。
また、すい臓は血糖値を上げるグルカゴンという真逆の作用をもつホルモンも分泌しています。このようにいろいろな体内調整を行う物質であるホルモンを血液中に分泌する臓器を「内分泌腺」といいます。
役割②:外分泌腺
すい臓はホルモンの他に消化液(消化酵素)も産生しています。消化液は摂取した食物中の栄養素を分解するものです。具体的にはアミラーゼ(糖質分解酵素)、トリプシン(タンパク分解酵素)、リパーゼ(脂肪分解酵素)などを作っています。
すい臓は十二指腸に付着するように存在して、血液を介さないで直接十二指腸へ消化液を分泌します。このような臓器を「外分泌腺」と呼んでいます。
すい炎
外分泌腺として食物を消化する消化液が、何かの理由によって過剰に産生される場合があります。特にタンパク分解酵素が摂取した食物だけでなく、すい臓自身をも消化分解してしまう病気が「すい炎」です。
ちょうど胃が胃液によって自身を消化する胃潰瘍と同じようなイメージです。すい炎が3大激痛の1つといわれるのは、その痛みが尋常でないためです。
このようにすい臓は十二指腸のそばにあり、内分泌腺と外分泌腺の二役を演じている珍しい臓器です。内分泌腺としてインスリンの分泌に支障が出ると「糖尿病」、外分泌腺として不具合が起きると「すい炎」が発生するということになります。
愛犬・愛猫のすい炎
すい炎は臓器が自分自身を消化してしまう疾患ですが、その症状や経過はイヌとネコではけっこうはっきりと区別されます。すこし大まかですが、愛犬と愛猫のすい炎の違いを確認しましょう。
イヌ:急性すい炎
イヌのすい炎は、ほとんどが突発的に発生する急性すい炎です。代表的な症状は食欲低下、嘔吐、腹痛です。
中でも腹痛はさまざまな程度があり、重度のものでは前肢を伸ばして胸を床につけて後肢は立ったままの状態である、いわゆる「祈りのポーズ:祈祷姿勢」を示します。
急性すい炎は突然発症し、またその致死率も高いため、早期発見にはオーナーの日頃の観察力が重要になります。
ネコ:慢性すい炎
これに対してネコの場合は特徴的な症状は認められず、軽い胃腸障害のような反応を見せます。
なんとなく食欲にムラがあったり、治ったりという状態が繰り返され、じわじわと体重は減少します。このように長期間にわたってすい臓の機能が低下してゆくために慢性すい炎と呼ばれます。
すい炎の発生背景
イヌのすい炎のおよそ90%は突発的に発生しているわけですが、根本的な原因ははっきりしていません。ここではすい炎発生の背景をみてみましょう。
原発性(フード、遺伝)
血液中の中性脂肪やコレステロールの値が高いことを「高脂血症」と呼んでいます。イヌの場合、この高脂血症がすい炎発生の大きな背景になっています。高脂肪フードの給与は高脂血症を招くため、結果的にすい炎を誘発することになります。
また、高脂血症は遺伝(=犬種)との関係が深く、ミニチュア・シュナウザー、シェットランドシープドッグ、ヨークシャーテリアではその割合が高いとされています。
続発性(内分泌疾患由来)
続発性とは何か他の疾病や病的状態に引き続いて起こる場合をいいます。一番の因子として肥満や糖尿病があげられます。
肥満や糖尿病のペットでは、高カロリーフードやおやつの過剰給与、加えて運動不足による体脂肪の蓄積が見られます。これもまた結果的に高脂血症となり、すい炎を招くという流れが出来上がってしまいます。
医原性
これらの他に有機リン系の毒物や、糖質コルチコイドなどの薬物投与に関係する場合もあります。
高脂血症とすい炎の関係
このようにして見ると、すい炎は原発性でも続発性でも、高脂血症との関係がとても深いことが判ります。
高脂血症の基準値
高脂血症とは血清中の中性脂肪やコレステロールの値が高いことをいいますが、その前に標準値を確認しておく必要があります。
イヌの場合の標準値は中性脂肪:<15mg/dl、総コレステロール:120~255mg/dlといわれています。(注:値は出典により少々異なります。)
これを元にして、一般的にイヌの高脂血症の基準値は中性脂肪:100mg/dl以上、総コレステロール:300mg/dl以上と設定されています。
高脂血症とすい炎の関係
海外の研究者の報告でミニチュア・シュナウザーを用いた高脂血症とすい炎の関係を調査したものがあります(テキサスA&M大学 Xenoulisら 2011年)。
○調査対象 ミニチュア・シュナウザー 51頭
○高脂血症の設定基準値 中性脂肪値 108mg/dl以上
○高脂血症犬の割合と中性脂肪の値
すい炎の病歴あり群(17頭)
…全体の71%、中央値605.0mg/dl
すい炎の病歴なし群(34頭)
…全体の33%、73.5mg/dl
ミニチュア・シュナウザーは遺伝的に高脂血症を示す率が高い犬種ですが、すい炎の病歴あり群の中性脂肪が基準値のおよそ6倍という結果には驚きです。高脂血症はすい炎の背景となっていることが確認されます。
同様に、東京大学の大野耕一も高脂血症はすい炎の主要な危険因子であり、重度であるほどすい炎になるリスクは高まると述べています(2010年)。
高脂血症の対策
最後にすい炎の予防策について考えてみたいのですが、すい炎は根本原因がはっきり判りません。従って、主要なリスク因子である高脂血症対策を簡単にまとめてみました。
栄養プロファイル
フードの栄養成分として注意すべきはタンパク質と脂肪です。過剰なタンパク質や脂肪の摂取はすい臓を刺激して、それぞれの消化液の分泌を促すことになります。
おおよそ一般的な成犬用フードでは、タンパク質含有量は20~25%以上、脂肪含有量は10~15%以上に設計されています(乾燥重量%)。これに対して高脂血症対策では、タンパク質を15~20%以下、脂肪を10%以下に低減したものが推奨されます。
肥満防止
ヒトと同様にペットも加齢に伴い肥満傾向を示します。先ほども述べましたが、ペットの肥満背景には高齢用フードへの切り替え不実施、おやつの過給、関節痛による運動量の減少などがあります。
これより、高齢犬→肥満→高脂血症→すい炎の誘発、という流れが出来上がります。やはり肥満防止は万病予防の基本といえるでしょう。
オメガ3脂肪酸の活用
鳥取大学の日笠喜朗はイヌを用いてオメガ3脂肪酸の脂質低下作用を確認していますので紹介します(2017年)。
○供試犬 高脂血症を示すイヌ9頭
(9~15歳:ミニチュア・シュナウザー3頭を含む)
○オメガ3脂肪酸サプリメントを8週間給与
○血清中の中性脂肪値の変化
給与前 …およそ290mg/dl
給与後 …およそ160mg/dl
魚油を原料とするDHA、EPAなどのオメガ3脂肪酸は、抗炎症、制がん、学習能力向上などの作用が多数報告されています。日笠はこの研究結果からオメガ3脂肪酸はイヌの高脂血症改善に有用であると述べています。
冒頭ですい臓はあまり馴染みが無い臓器であると述べましたが、私たちの体の中でとても大切なしごとをしていることが判りました。
また、ペットがすい炎を発症するとフードの栄養制限が必要になり、さらに重症の場合には、経鼻チューブや胃瘻といった外科的な栄養補給処置が行われます。
このようにすい炎は、私たちの愛犬・愛猫のQOL(生活の質)を著しく低下させてしまいます。ペットオーナーのみなさんは、給与フードの管理や運動、毎日の観察(体重、嘔吐、腹痛など)を通して、すい炎の早期発見・早期対応につとめて下さい。
対策アイテム
鹿肉シリーズ
低脂肪・低カロリーなお肉です。脂肪分は100g中3%でヘルシー。良質のタンパク質とオメガ3・オメガ6・DHAなどの多価不飽和脂肪酸が多く含まれています。
健康オメガ3オイル
DHA・EPA・ビタミンE・ビタミンDなどを豊富に含んだオイル
乳酸菌おからwithグルコサミン
栄養価が高い乳酸菌おからにグルコサミンを配合。低カロリーで良質なタンパク質や食物繊維・乳酸菌を豊富に含んでいます。
執筆獣医師のご紹介
本町獣医科サポート
獣医師 北島 崇
日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部獣医学科 卒業
産業動物のフード、サプリメント、ワクチンなどの研究・開発で活躍後、、
高齢ペットの食事や健康、生活をサポートする「本町獣医科サポート」を開業。