獣医師が解説

【獣医師が解説】ペットとの生活編: テーマ「ペットオーナーの運動量」

「本町獣医科サポート」の獣医師 北島 崇です。
前回、70代シニアオーナーにとっての散歩の効用について話をしました。今回は日常生活におけるペットオーナーの運動量がテーマです。

生活習慣病

いつのまにか生活習慣病ということばは、すっかり私たちの生活に馴染んでしまいました。ミドル世代の私たちにはとても気になる病名です。

日本人の死因

2015年現在、日本人の死亡原因は第1位がん、第2位心臓疾患、そして第3位が肺炎となっています。

この中には生活習慣病という病名は見当たりません。生活習慣病は特定の病気の名前ではなく、私たちの生活習慣が深く関係しているいくつかの疾病の総称です。

生活習慣病とは

もう少し詳しく説明をしましょう。生活習慣病とは食事や運動、睡眠、たばこ・飲酒などの生活習慣が発症や進行に関与する症候群(シンドローム)をいいます。

具体的には糖尿病、がん、高血圧症、脳や心臓の諸疾患(脳梗塞、心筋梗塞)、さらにはあのメタボリックシンドロームなども含まれます。このような見方をすると、日本人の死因のおよそ60%は生活習慣病で占められているということになります。

これらの病気は以前「成人病」と呼ばれており、ストレートに50~60代のミドル世代の病気というイメージでした。しかし、最近では30代前後の人でもその兆候が認められるようになったため「生活習慣病」と改められました。

1日1万歩

 生活習慣病の一番簡単な予防策は「楽しく歩くこと」です。厚生労働省では1日1万歩の歩行を推奨しています。1万歩歩くとおよそ300kcalのエネルギーを消費することになります。(詳しい計算式は後ほど紹介します)

現在、私たちは1日の生活で体を動かして消費するエネルギーよりも、食事からの摂取エネルギーの方が約300kcal多いとのことです。

このオーバーしたエネルギーは皮下脂肪や内臓脂肪となって体に蓄積され、やがてメタボリックシンドローム、そして生活習慣病の背景になってゆきます。

単に1日1万歩歩くというのは味気ないものです。しかし、ペットと一緒に暮らしていると散歩をしたり、いろいろな世話を行うことにより、何かしら楽しく体を動かすことになります。

次はペットオーナーのみなさんの運動と消費するエネルギー量について見てみましょう。

メッツ:METs

みなさんは「メッツ」ということばを聞いたことはありますか?メッツとは運動の強度を表す単位をいいます。

1メッツとは

一口に運動といっても野球やサッカーなどのスポーツから、家の中での掃除や洗たくなどその程度や激しさはさまざまです。そこで「身体活動の強度」を示す単位として考え出されたのがメッツ(METs)です。

「静かにイスに座っている状態」程度の運動強度を1メッツとします。そして、各種身体活動がこれの何倍に相当するのかを表します。

具体的に見てみますと次のようになります(国立健康・栄養研究所 身体活動のメッツ(METs)表 2012年改訂版)。

○1メッツ …横になって静かにテレビを観る
○3メッツ …イヌの散歩、ボウリング、ゴルフの打ちっぱなし
○7メッツ …ジョギング

愛犬との散歩はジョギングの運動強度のおよそ半分というのは納得ですが、軽めのウエイトトレーニングと同じくらいの身体活動であるとは少々驚きです。

消費エネルギー量

先ほど、1万歩歩くとおよそ300kcalのエネルギーが消費されると述べました。この消費エネルギー量は次の計算式で求められます。

「消費エネルギー量=メッツ×活動時間×体重×1.05」

体重60㎏のヒトが1万歩歩いた時の消費エネルギー量を計算してみましょう。10分間≒1,000歩の歩行ですので、この場合100分間≒1.7時間とします。

3メッツ×1.7時間×60㎏×1.05=321.3kcal=およそ300kcalとなります。

厚生労働省が生活習慣病の予防として1日1万歩の歩行を推奨している根拠は、オーバー分の300kcalのエネルギーがこれによって消費されることからきています。

毎日の愛犬との散歩

では、愛犬と30分間ほど散歩をした場合の消費エネルギー量はどれくらいになるのでしょう?

3メッツ×0.5時間×60㎏×1.05=94.5kcal、すなわちおよそ100kcalですので、目標の消費エネルギー量の1/3が達成できることになります。

このように消費エネルギー量はメッツと活動時間で決まるため、散歩とボウリングとゴルフの打ちっぱなしでは同じエネルギー量を消費できます。

ボウリング場やゴルフ練習場への移動時間や費用のことを加味すると、愛犬との散歩は毎日気軽にできる生活習慣病の有効な予防策の一つといえます。
 

ペット飼育の効用

ここではペットとの生活がオーナーの健康維持・増進にどのように貢献しているかを紹介します。

日常生活

山野美容芸術短期大学の早川洋子らがイヌを飼っている男女と飼っていない男女の1日の消費エネルギー量を比較調査しています(2008年)。

●調査期間 2005年11月~2006年11月
●調査対象 イヌの飼育者: 男性(84人)、女性(66人)
非飼育者: 男性(304人)、女性(242人)

結果として、日常生活全般の消費エネルギー量は、男女ともにイヌを飼育しているグループの方が50~60kcalほど多かったというものでした。

イヌを飼うということは、散歩はもちろんですがフードの準備、トイレの後片づけなどいろいろな世話が必要になります。

「家の中でのペットの世話」の運動強度は2.3メッツですので、これにかかった時間を考慮しますとけっこうな身体活動が発生しているということになります。

リラックス気分

同じペットの世話をするのなら楽しく行いたいものです。この楽しいという気持ちやリラックスした気分というものは、体の中の自律神経の1つである副交感神経のはたらきによるものです。

酪農学園大学の本岡正彦らが大変興味深い報告を行っています(2006年)。この副交感神経の活動度合を測定することにより、イヌが一緒にいるのといないのとでは、ヒトはどれくらいリラックス度が違うのかを調べました。

●散歩の場合
 ・調査人数 13人
 ・散歩時間 30分間
 ・リラックス度 1人で散歩した時(62.76)、イヌと散歩した時(92.28)
 
●自宅で過ごす場合
 ・調査人数 4人
 ・経過時間 6時間
 ・リラックス度 1人で過ごした時(58.33)、イヌと過ごした時(109.54)

散歩の運動強度は3メッツ、自宅での生活は1~2メッツです。同じ身体活動でも1人で行うよりもイヌが存在することにより、ヒトは副交感神経が活性化されるのです。

すなわち楽しくリラックスした気分で運動ができるということです。

これにはイヌとの見つめ合いにより分泌される幸せホルモン「オキシトシン」が関係しているのでしょう。

その他の効用

以上の他にもペットと一緒に活動することにより、ヒトはさまざまな効用が得られるという報告があります。

○Andersonら(1992年)
ペットの飼育者(784人)は血圧や血中のコレステロール値、中性脂肪
の値が飼育していない人(4957人)よりも低い。

○小林真朝(聖路加看護大学 2013年)
イヌを連れて散歩する時の会話人数は平均2.8人(最大で9人)であり、イヌの存在により他者との接触機会が増える。

今回は50~60代のミドル世代の生活習慣病対策として「運動量」についての話をしました。生活習慣病の最も簡単な予防策はこの運動ですが、楽しく続けることが一番のポイントです。

ペットを飼われているみなさんにとって、毎日の散歩や世話が知らず知らずにこの運動になっているのです。いつもそばにいる愛犬・愛猫は、シニア世代の方々だけでなく、幅広く私たちペットオーナーの心と体の健康維持に貢献してくれているということです。

(以上)

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