「本町獣医科サポート」の獣医師 北島 崇です。
老犬ケアの相談を受けていますと「ケガがなかなか治らない」とか「寝たきりで床ずれが起きた」といった皮膚の傷についての問合せがよくあります。今回は丈夫な皮膚がテーマです。
目次
皮膚の傷
私たちヒトも動物も、切り傷やケンカ、また手術などで皮膚を切る事があります。この傷ですが、治るまでにはある程度の時間が必要です。まずは皮膚の傷が治るしくみを見てみましょう。
傷の治癒の3ステップ
傷ができて治るまでには次の3つのステップがあります。
①炎症期
…傷口に出血、痛み、腫れ、熱感などを認める
②細胞浸潤期
…傷口に好中球などの免疫細胞が集まる
…雑菌の力が強いと化膿して、膿(うみ)ができる
③修復期
…新しい細胞によって傷口がふさがり、皮膚が元の状態に再生する
コラーゲンの働き
よく「傷口がふさがる」といいます。これはダメージを受けて損傷した細胞が新しい細胞に置き換わり、これらがバラバラ(=傷が開く)にならない様に固められた状態のことをいいます。
この細胞を固める「接着パテ」の役目をするのがコラーゲンというタンパク質です。このコラーゲンが早くたくさん合成されるほど、傷は早く治ります。
よく盛り上がった傷あとを見ますが、これはコラーゲンの大量合成ということです。深い傷や複雑な傷口の場合、修復には多くの接着パテが必要であるためです。
コラーゲンの材料
コラーゲンの正体はタンパク質です。したがって、主原料はアミノ酸、さらにアミノ酸をつなぐのにビタミンCやミネラルの1つである亜鉛が必要です。
健康な体において、アミノ酸やビタミンCが欠乏することは早々ありません。傷の治りが遅い場合、栄養成分関係としては亜鉛不足が大きく影響します。
亜鉛ストックと傷の治癒
ミネラルには体内に比較的多く存在する多量ミネラル(Ca、P、Kなど)と存在量が少ない微量ミネラルがあります。亜鉛(Zn)は鉄(Fe)や銅(Cu)と同様に微量ミネラルの1つです。
亜鉛のしごと
亜鉛の大切なしごととして、タンパク質および遺伝子の合成応援があります。判りやすく言いますと、「細胞の生まれかわり」に深く関与しているということです。
これにより亜鉛は、皮膚や粘膜、被毛など細胞の分裂増殖が活発な部位で特に必要とされます。新しい皮膚細胞の増殖やコラーゲンの合成など、傷の再生修復は亜鉛の大切なしごとの1つであるといえます。
亜鉛投与と体内濃度
では、亜鉛の摂取量が多いと傷は早く治るのでしょうか?実験用ネズミのラットを用いた体内亜鉛濃度と皮膚の傷の治り方の関係を調査した報告があります(伊藤敦子ら 東邦大学 1985年)。
試験概要は次のとおりです。
○亜鉛非投与群 …皮膚を切除
○亜鉛投与群 …亜鉛を3日間投与後、皮膚を切除
肝臓の亜鉛濃度はそれぞれ、非投与群(31.9μg/g)、投与群(72.9μg/g)でした。亜鉛を投与することにより、体内の臓器には十分な量がストックされることが確認されました。
亜鉛投与と傷の治り方
切除された皮膚が治癒するまでの期間は、亜鉛非投与群が14日間であったのに対して、投与群では半分の7日間という成績でした。
亜鉛を毎日摂取することにより、肝臓など体内臓器の亜鉛含有量は増加し、結果として損傷した皮膚の傷の治癒期間が短くなったということでした。
これにより次の2点が確認されたことになります。
①亜鉛はコラーゲンの合成に必要なミネラルである
②体内に亜鉛をストックしておくと傷の治癒が早い
褥瘡の対策
老犬で寝たきりになると褥瘡(じょくそう)が心配になります。褥瘡とはいわゆる「床ずれ」のことです。
褥瘡とは?
ヒトも動物も長い時間、同じ姿勢で寝たきり状態を続けていると、ベッドに接している部分の血行が悪くなります。
血行不良になった皮膚は、やがて赤黒くただれて壊死を起こしてしまいます。これが褥瘡です。褥瘡が起きやすい箇所は、腰骨や肩、膝など骨が出っ張っているところです。
褥瘡の対応策としては、定期的に寝返りをさせたり、骨が当たる箇所にクッションを充てるなどして、体重を分散させることが大切です。
褥瘡と血中亜鉛濃度の関係
ここでヒトの高齢者における褥瘡に関する調査データを紹介します。富士見高原病院の赤羽優夏らは、寝たきりの患者を対象に褥瘡の有無と血中亜鉛濃度の関係についての報告を行っています(2008年)。
調査結果は以下のとおりです。
○褥瘡のある患者(18名、平均年齢83.5歳)
…亜鉛濃度 47.0μg/dl
○褥瘡のない患者(15名、平均年齢86.7歳)
…亜鉛濃度 55.8μg/dl
ヒトの血中亜鉛濃度の基準値は65~110μg/dlです。褥瘡の有無に関わらず、寝たきり患者はこの基準値以下でしたが、褥瘡のある患者の場合この値を大きく下回っていました。
報告者の赤羽は、ヒトの褥瘡予防において栄養状態の良し悪しが大きく影響すると述べています。日頃から食事を通して体内に亜鉛をストックする必要があるということです。
亜鉛を多く含むフード
亜鉛は皮膚の傷の治癒促進や、老犬の褥瘡対策として大変有用なミネラルのようです。それでは、毎日与えているフードやその材料には過不足なく亜鉛が含まれているのでしょうか。
亜鉛が足りないフード
開業獣医師である辻本綾子らは手作りフードと市販フードをイヌに与え、血中の亜鉛濃度を測定しています(2018年)。
イヌの血中亜鉛濃度の基準値は64~198μg/dlです。測定結果では、手作りフード16例中5例(31.3%)において基準値以下、市販フードでは24例中3例(12.5%)が基準値以下というものでした。
オーナーのみなさんによる愛情たっぷりの手作りフードですが、どうも亜鉛が不足する傾向が高いようですのでご注意下さい。
亜鉛が多いフード原料
私たちの食生活では、亜鉛を豊富に含む食材として牡蠣(カキ)が有名です。しかし、これはイヌには適していません。フード原料としてはどのようなものがあるのでしょうか。
まず肉類では100gあたりの亜鉛含有量は、次のようになっています。
○牛肉(4.5mg)
○鹿肉(3.1mg)
○馬肉(2.8mg)
○鶏肉(2.3mg)
比較的、牛肉や鹿肉に多いような感じですが、肉の場合は亜鉛の含有量よりも、コラーゲンのアミノ酸源(タンパク源)としての役割の方が大切です。
また意外なところでビーフジャーキーは8.8mgもの亜鉛を含んでいます。ジャーキーは噛み応えがあり唾液の分泌を促しますので、口腔内ケアはもちろん亜鉛補給の意味からもおやつに適しているようです。
その他、カルシウム源としてよく用いられる煮干し(7.2mg)やゴマ(5.9mg)などが多くの亜鉛を含むフード原料であることが判ります。(日本食品標準成分表 2015年版)
コラーゲンの主原料はアミノ酸(タンパク質)です。まずはタンパク源である良質な赤身肉、次に煮干し(魚粉)など亜鉛を豊富に含む原材料を用いたフードは、丈夫な皮膚を作るという点から有用といえるでしょう。
幼犬や成犬は活発に遊びや運動を行い、ケガをしやすいものです。また老犬では皮膚自体の抵抗性が弱まっています。
傷の早期修復や床ずれ予防のためにも、日頃からタンパク質や亜鉛がたっぷり入ったフードを与えて、愛犬にはコラーゲン豊富で丈夫な皮膚を維持してほしいものです。
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執筆獣医師のご紹介
本町獣医科サポート
獣医師 北島 崇
日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部獣医学科 卒業
産業動物のフード、サプリメント、ワクチンなどの研究・開発で活躍後、、
高齢ペットの食事や健康、生活をサポートする「本町獣医科サポート」を開業。