以前からこのコラムでは、愛犬・愛猫の腎臓疾患について情報を提供しています。この数年ですがヒトの慢性腎臓病治療として、便秘薬を活用するという方法が注目されています。
今回は便秘と腎臓疾患との深い関係について解説します。
目次
腎臓疾患のおさらい
まずは簡単に腎臓が悪くなる仕組みをおさらいしましょう。
ろ過装置
腎臓の1番のしごとは血液から尿をつくることでした。腎臓の中には無数の毛細血管が走っていて、血圧を利用して体に不要になった物質や水分をろ過しています。
食事をすると食べた物は消化されて、最終的に老廃物は血液の中を通り、腎臓でろ過されて尿中へ排泄されます。ちょうどコーヒーフィルターのイメージです。
経年劣化
では、腎臓でペーパーフィルターの役目をしているのは何でしょうか?それは「毛細血管の壁」です。
長年に渡って腎臓がろ過装置として働いていると、この毛細血管に「経年劣化」が見られてきます。すなわち、血管の壁が硬くなったり(=線維化)、炎症が起きたりするわけです。
このようにして、腎臓のフィルター機能が低下し、正常にろ過ができなくなった状態が腎不全です。
目詰まりの原因
動物は年をとると、自然に腎臓のフィルターは目詰まりを起こしてきます。しかし、老化の他にも毛細血管の壁にダメージを与えている原因があります。その1つが「便秘」です。
便秘になると、お腹の中の大腸にすみついている腸内細菌叢のバランスが変化します。これにより腎臓の毛細血管壁がダメージを受けるというのです。
腸内細菌と尿毒症物質
お腹の中の大腸と腎臓は直接つながってはいませんが、どのような関係があるのでしょう。
腎臓病患者の腸内細菌叢
関西医科大学の辻章志らは、ヒトの慢性腎臓病患者では乳酸菌やビフィズス菌が減少し、代わりに病原性のない大腸菌などが増加しているという海外の研究結果を紹介しています(2017年)。
腸内細菌は次の3つのグループからできています。なお、( )の数値は存在割合です。
○善玉菌(20%)
…乳酸菌、ビフィズス菌 など
○中間菌(70%)
…バクテロイデス、大腸菌(非病原性) など
○悪玉菌(10%)
…クロストリジウム、ブドウ球菌 など
この中で腸の健康状態のカギを握っているのは中間菌です。中間菌は日頃はいいことも悪いこともしませんが、摂取する食物により善玉菌として活躍したり、悪玉菌として働いたりするためです。
尿毒症物質
尿毒症物質とは体の中でできた不要物質のことで、本来なら腎臓でろ過されて尿中へ排泄されるものをいいます。よく聞く名前としては、尿素、尿酸、クレアチンなどがあります。
現在、尿毒症物質は90種類以上報告されていますが、この中で腸内細菌によって産生されるものがいくつかあります。この代表にインドキシル硫酸というものがあります。
インドキシル硫酸
尿毒症物質の1つであるインドキシル硫酸は、私たち動物のお腹の中で毎日作られています。
インドキシル硫酸の代謝
タンパク質はペットフードの大切な成分です。このタンパク質はおよそ20種類のアミノ酸からできていますが、その中にトリプトファンというものがあります。
このトリプトファンはある種の腸内細菌によって、インドールという物質に変わります。このインドールは有毒物質ですので、腸管から血液により肝臓に運ばれるとここで解毒されます。こうしてできた物がインドキシル硫酸です。
次にインドキシル硫酸は腎臓に運ばれて、最終的には尿と一緒に体外へ排泄されます。これが大まかな代謝の流れです。腎臓が健康な状態であれば、インドールが産生されても体外へどんどん排泄されるため心配はいりません。
インドール産生菌
先ほど、有毒なインドールはある種の腸内細菌が産生すると述べました。このインドール産生菌の代表が大腸菌です。また逆にインドールを作らない菌としては乳酸菌やビフィズス菌があります。
ここで前述の辻らの報告を思い出しましょう。慢性腎臓病患者の腸内細菌叢はバランスが崩れており善玉菌は減少し、インドールを産生する大腸菌などの中間菌が増加していました。
すなわち、お腹の中で大腸菌が増えるとインドキシル硫酸など尿毒症物質の処理という腎臓のしごとも増えるということです。
慢性腎臓病との関連性
インドキシル硫酸は有毒物質であるインドールが解毒化されたものです。しかし、腎臓に対してはまだ何か悪い作用が残っているようです。この点について、日本獣医生命科学大学の宮川優一らは次のような報告を行っています。
宮川らは慢性腎臓病の動物を用いて、腎臓病用療法食の給与と血中インドキシル硫酸値の関係を調査しました(2013年)。
○供試動物: 慢性腎臓病のイヌ、ネコ
○療法食群: イヌ(18頭)、ネコ(8頭)
…低タンパク質、低Pの腎臓病療法食を給与
対照群: イヌ(10頭)、ネコ(4頭)
…一般のフードを給与
血液中のインドキシル硫酸は、イヌおよびネコ共に対照群よりも療法食群の方が低い値を示していました。このことから宮川らは、体内のインドキシル硫酸値を低く抑えることと、慢性腎臓病の進行を遅らせることは関係があると考察しています。
便秘と腎臓疾患の深い関係
近年、ヒトの慢性腎臓病治療法として、便秘の改善や腸内細菌叢の正常化が注目されています。
腸内環境の改善
東北大学の阿部高明らは、慢性腎不全のマウスを用いてルビプロストンという便秘治療薬に腎臓疾患の進行を抑える効果があることを報告しました(2014年)。
この研究の背景は、腸内環境を改善することにより、尿毒症物質の1つであるインドキシル硫酸の産生・蓄積を減らして腎臓疾患の症状を抑制緩和するというものです。
負のスパイラル
インドキシル硫酸は有毒物質インドールが肝臓で解毒されたものですが、まだ少し生体に悪い作用を残しています。それは細胞や毛細血管に対する老化、線維化(=硬くなる)、炎症作用などです。
老化が進むと自然に腎臓の毛細血管壁は硬くなり、ろ過機能は低下します。すると、腸管で産生された尿毒症物質の排泄効率も低下して体内に蓄積してきます。
また、日頃から腸内環境が悪く便秘症の場合、大腸菌などのインドール産生菌が増えてきます。すると、インドキシル硫酸がどんどん産生供給され、結果として腎臓のろ過機能を低下させます。
このように便秘になると腎臓はインドキシル硫酸を介して、腎臓疾患の負のスパイラル(=悪循環)の陥ってしまうということです。
新しい腎臓ケア
最期に、腎臓のろ過フィルター役である毛細血管壁に着目したペットの腎臓ケア対策をまとめてみましょう。
①整腸:プロバイオティクス
プロバイオティクスとはお腹の中に善玉菌を送り込むことです。腸内の善玉菌の割合を増やすことにより、インドールを産生する悪玉菌や中間菌は減少します。
結果的に体内のインドキシル硫酸値は低い状態で維持されます。なお、善玉菌の代表である乳酸菌やビフィズス菌はインドールを産生しませんので安心です。
②整腸:プレバイオティクス
プレバイオティクスとは善玉菌のエサとなる物質を供給することです。これにはオリゴ糖や食物繊維があります。
食物繊維はインドールやインドキシル硫酸を直接吸着する作用があります。加えて腸の中で膨らみ(膨潤作用)排便を促進するため、腸内細菌が産生する尿毒症物質を便と一緒に体外へ排泄してくれます。
③老化対策:オメガ3脂肪酸
オメガ3脂肪酸はもうすっかりおなじみの栄養素になりました。魚油由来のDHAやEPAには毛細血管の弾力性保持、血流の改善、さらに抗炎症作用などがあります。ちょうどインドキシル硫酸の困った作用をブロックする働きをしてくれます。
以前も紹介しましたが、オメガ3脂肪酸がもつこれらの作用に着目して、泌尿器疾患への魚油の活用が検討されています(青木美香ら 大阪府立大学 2002年)
今回は便秘や腸内環境の悪化など、腸内細菌が腎臓疾患に大きく関与しているという新しい知見を紹介しました。
以前は、腎臓疾患は老化に伴って発生していましたが、近頃はまだ若いペットにおいても多くみられています。フード・おやつ・生活様式などによる腸内環境のバランスの崩れが腎臓に悪い影響を与えている可能性があります。
ペットの腎臓疾患にお困りのオーナーのみなさんは、フード成分の見直しや療法食の給与、サプリメントの活用など、健康的な腸内細菌叢の形成に着目した腎臓ケアを試されてはいかがでしょうか。
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執筆獣医師のご紹介
本町獣医科サポート
獣医師 北島 崇
日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部獣医学科 卒業
産業動物のフード、サプリメント、ワクチンなどの研究・開発で活躍後、、
高齢ペットの食事や健康、生活をサポートする「本町獣医科サポート」を開業。