犬がしっぽを振るというのは、至ってふつうの動作です。
たいていの人は、「犬が喜んでしっぽを振っている」と思っていますが、本当にそうでしょうか?
犬に聞いても「そうだよ」とか「ちがうよ」などと、人間のことばで話すわけではありません。
私たちは何かから得た情報をたまたま頭にインプットしていて、「喜んでいる」と解釈しているのです。
もちろん、喜んでいるときは勢いよくしっぽを振ることで気持ちを表現はしますが、それとは逆にしっぽの先端をゆっくりと振っている場合は、攻撃的な行動を取るサインだといわれています。
この2つの振り方だけを見ても、犬がしっぽを振るという意味には違いがあるのです。
このように犬のさまざまな動作や行動には、実は多くのサインが隠されています。
犬はことばを話せない分、行動でサインを示すのですが、これを飼い主さんが読み取ることができれば、愛犬が何を言いたいのか、何を訴えているのかが理解できますね。
そうなれば愛犬と飼い主さんの関係は今よりもさらにスムーズになり、絆はいっそう深まっていくことでしょう。
ということで、今日はこのような犬の行動について、いっしょに考えていくことにしましょう。
目次
犬の行動、しぐさ、表情を読み取るカーミングシグナルの提唱
「カーミングシグナル」ということばを、耳や目にすることは初めてという方もおられるでしょう。
このことばが注目され始めたのは、今からもう十年余り前の2006年頃です。
ノルウェー在住の女性ドッグトレーナー、トゥーリッド・ルーガス(Turid Rugaas)は彼女の仲間たちと1980年代に多くの犬を研究し、それらを理論的にまとめ提唱しました。
それは「犬の行動やしぐさには意味があり、それらは犬自身及び他者を落ち着かせるためのものである」というものです。
その理論は、世界中のドッグトレーナーや動物行動学者たちに賛同されて、多方面で活用されるようになりました。
現在、その理論をさらに裏付ける科学的な研究と検証をイタリアのピサ大学研究チームが取り組んでいます。
ルーガス女史たちの着目した「カーミングシグナル」が科学的見地からも、貴重なデータベースだと認められているのです。
日本でも「カーミングシグナル」が注目を集めるようになると、行動・しぐさ・表情から「犬の気持ち」を読み取るという題材をもとにした本が次々に出版されるようになったり、「イヌの言葉」「犬語」などという単語も、マスメディアに取り上げられたりするようになりました。
そのようなことから、犬には発する“ことば”があるのだと多くの人たちが知るきっかけを作ったのです。
犬が示す行動をキャッチ!
さて、ジェスチャーゲームというのがありますが、そのジェスチャーの答えは一般的に「もの」を表す名詞が多いです。
例えば、「雪合戦」という題でしたら、どのようなジェスチャーを考えますか?
①下の方から何かを手ですくう真似をする → 水かな? 砂かな?
②救ったものを手の中で丸める → おにぎり? 砂団子?
③丸めて固めたものを投げる → 雪合戦!
というふうに、動作を追っていくことで、何を表しているのかを当てます。
想像力を働かせて回答を導き出すのですが、ここで大切なのはジェスチャーをしている相手の動作をよく観察するということです。
ジェスチャーをする出題者はことばを発することは厳禁なので、何を伝えようとしているのかを回答者はその動作をしっかりと見て読み取ることが必要となります。
これと同じように、犬は体の部位を使いジェスチャーで表現し伝えています。
とはいうものの、人間のように体全体を使いオーバーアクションですべてを表現するわけでありませんので、よく観察していないと見落としてしまうことも多いでしょう。
その犬のヒントを読み取ることができれば、愛犬が何を言おうとしているのかを理解できるはず!
では、カーミングシグナルは犬が誰に対して、何に対して発しているサインなのでしょう。
*対 人間
:犬自身の気持ちを訴えるため/威圧的な脅威を避けるため/人を落ち着かせるため
*対 他の犬
:無用な争いを避けるため/不安・恐怖・争い・不快なことを回避するため
他の犬を落ち着かせるため/他の犬に安心感を与え友好的であることを示すため
*対 犬自身
:ストレスや不安から自分を落ち着かせるため
つまり、犬はさまざまな状況下で起こる犬自身や自分以外の犬や人に対する恐怖心や緊張感を回避するために、心理的行動を表現していることが多いといえるでしょう。
もちろん、喜びを表現している行動もたくさんあります。
緊張なのか、不安なのか、恐怖心なのか、はたまた本当に喜んでいるのかを見極めるには、体のどこをどのように使っているのかをしっかりと観察することが大事なのです。
カーミングシグナルの具体例
では、カーミングシグナルを提唱するトゥーリッド・ルーガス女史や「犬の気持ち」を推奨する日本のドッグトレーナーたちが書籍などで取り上げている犬の行動について、いくつか例を挙げてみることにしましょう。
あくびをする
*あくびは緊張感の顕れであり他の犬に対して「こっちは攻撃の意思は無い」と示している
*飼い主さんに叱られてあくびをしているときは、「どうかもうこれ以上は叱らないでください」というお願いの表れ
*見慣れない人に頭を撫でられたリ、苦手なトリミング中にあくびをするのは、「やめてほしいよぉ~」という不快な意思
*ストレスの度合いが大きいときや体調がすぐれないときは、頻繁にあくびをする
*連鎖反応で単純につられてあくびをする
しっぽをふる
*しっぽを上向きにして先を小刻みに振っているのは、警戒心の表れ
*しっぽを垂らしていたりしっぽをお尻の間に挟み込んでいたりするのは、怯えている
*しっぽを上向きに持ち上げピンっと立てているのは自信満々のしぐさ
*しっぽを下向きにして根元から左右にゆっくり大きく振っているのは、うれしいしるし
自分のしっぽを追いかける
*犬が動くものを追いかけるのは、本能的な習性
*ひまつぶし
*したくないこと、行きたくない場所を強いられたことで生じた強いストレスを発散
*病気の場合もあるので、肛門付近のチェックや寄生虫の有無を確認する
口を舐める
*食べものを食べた後などは、口の周りについた食べカスをさらえている
*自分が嫌いな場所では、緊張感や不安感を感じている
前足や特定の場所を舐める
*前足や体を舐めるときは、暇なので相手になって遊んでほしい願望
*グルーミングとは違い特定の箇所を舐め続けるのは、強いストレスや不安を感じている
視線をそらす
*顔を横に向けて視線を逸らすのは、かかわりたくないという拒否のしるし
*他の犬と出会ったときは、不安な気持ちから相手と視線が合わないようにしている
*食事やおやつにすぐさま飛びつかないで視線をそらすのは、はやる気持ちを抑制している
視線を外さずじっと見る
*他の犬に対して凝視するのは、相手の出方を見ている(一触即発状態になりかねない)
体を震わせる
*行きたくない方角、場所でブルブルと体を震わせるのは、緊張や拒否の意思
*愛犬の鼻の濡れを拭こうとした際に体を震わせたときは、「やめて!」の拒否サイン
耳を立てる
*音がする方向に耳を立てるのは、その音をキャッチしようと緊張して集中している
*興味のある楽しい音の場合は、その方向に耳を向けて音を確かめようとしている
耳を倒す
*他の犬と出くわしたときなど耳を倒している場合は、緊張している
*耳が頭の方にくっついた状態で、歯を見せ鼻にシワを寄せているのは、極度お怯え
*体を低くして耳の付け根あたりから倒れている場合は、おじけづいてびくびくした状態
*耳は倒れているが表情も豊かで歯も見せず鼻にシワも寄せていないときは、友好的かつ服従のしるし
毛を逆立てる
*背筋や首の毛を逆立てるのは、「やるのか!」と相手に戦いを挑もうとしている状態
*さらにしっぽまで逆立つのは、一触即発状態でかなり相手に向かう気持ちの高まり
*足を踏ん張って全身の毛を逆立てしっぽをピンと立てていたら、「さっさと消え失せろ!」という意味
飛びついてくる
*飼い主さんや可愛がってくれる人が目の前に現れると飛びつくのは、嬉しい気持ちの表れ
*遊んでほしい、構ってほしいという気持ちがエスカレートして興奮状態
*できるかぎり飛び上がって目線を高くしようとしているのは、優位に立ちたいという意思表示
前足をあげる
*前脚を上げながら首をゆっくり上下に動かしたり左右に飛び跳ねたりするときは、遊びの誘い
*首を速く動かしている場合は、恐怖心の表れ
*前足を上げたまま動かないときは、獲物や敵を発見して極度に緊張
飼い主さんや他の犬の体に脚を置く
*腕や腿や背中に犬がちょこんと前足を乗せるのは、自分の方が優位だというしるし
*お座りをしながら飼い主さんの顔を見ながら脚を置くのは、散歩やおやつなどを求めるサイン
お腹を見せる
*毛が殆ど無い柔らかい部位を見せるのは、服従や譲歩、攻撃を避けるしるし
*さらに嬉しい顔をしているときは、相手に対して好意のサイン
*顔を横に向けしっぽを内側に巻き込んでいるときは、かなりの緊張感
他の犬のお尻を嗅ぐ
*肛門へと顔を近づけ臭いを嗅ぎ合うのは、肛門腺から放たれる臭いから情報を収集
*犬同士の挨拶
円を描きながら近づいてくる
*弧や円を描きながら来るのは、緊張や恐怖心を感じているので時間稼ぎをして相手の出方をみるサイン
*円を描きながら歩くと犬は脇腹を見せるので、これは弱点を見せて許しを乞うているしるし
*「攻撃する意思なんて無いですよ」という意思表示
ものを噛み壊す
*ものを壊すほど噛む行動は、運動不足によるストレスの表れ
歯をカチカチ鳴らす
*楽しくて興奮している自分の気持ちを抑制
*争うことをする意思が無いことの表れ
*不安感
*歯周病や歯の痒みからの行為
吠える
*前足を折り上体を低くし、しっぽを左右に振りながら吠えるのは、相手に喜びを伝えるサイン
*リズミカルに弾むように走り、元気に吠えるときは嬉しい気持ちのしるし
*他の犬にすぐに吠えるのは、恐怖心の顕れや強く見せようとする威嚇の表れ
体を丸めて動かない
*体を丸めてうずくまるようにしている場合は、表面積を小さくして体温の放出を防ぐ行為
*お腹や鼻を見せないようにうずくまっているときは、緊張しているしるし
*体を小刻みに震わせて耳を倒し、しっぽを丸めて動かないときは、痛みや熱の可能性
愛犬の行動を読み取ったあと、飼い主さんのすべきこと
犬が示す行動やしぐさ表情は上記に示した以外にもたくさんあります。
まずは、愛犬を日々観察してあげましょう。
どのような場面で、どのような行動をしているのか、どのようなしぐさが目につくのか、表情はこわばっていないかどうかなど、心を読み取ることや気持ちを理解することの手始めは、愛犬を観察することが肝心です。
そしてさらに、観察して上記のようなサインを読み取れたから、もうおしまい!というわけではありません。
愛犬が喜んでいろいろなサインを送っている場合はいいのですが、もしストレスを誘引するものだとしたら、そのまま放ってはおけませんね。
ストレスを少しでも軽減してあげなければ、病気を招くことになるかもしれません。
そうなる前に、飼い主さんであるあなたがすべきことを考えていきましょう。
たとえば
★散歩途中、他の犬に出くわして愛犬が横を向いてしまったとき
1.なぜ、そのような行動をとっているのかを読み取る
2.愛犬が他の犬に関わりたくないことや不安な気持ちになっていることを理解する。
3.飼い主さんは、愛犬と同じように相手の犬が通り過ぎるまで顔をそむけるか相手の犬から遠ざかる。
無用な争いをしたくないという選択をし、そのような行動を態度で示している愛犬に「弱虫な子ね!強くならなきゃダメじゃないの!」「他の犬と仲良くしないとダメでしょう!」などと、愛犬を叱咤激励する態度はやめましょう。
むしろ、「よく我慢したね」「お利口さんだったよ」と、笑顔でほめてあげることが望ましいです。
★犬がしっぽを振っているときは、どうします?
上記の行動のところでも書いていますが、しっぽの振り方にもいろいろありましたね。
しっぽだけではなくて、他の箇所の動きもいっしょに観察しましょう。
1.どのようにしっぽを振っているのかを見る
2.毛を逆立てていないか、唸っていないか、相手をにらみつけていないかを見る
3.愛犬が攻撃的になっているようなら、愛犬を相手から離したりおやつやおもちゃで気をそらしたり
しましょう。
このように複合的な行動やしぐさや表情をしている場合もあります。
怯えているようならばやさしく声をかけて「大丈夫だよ。心配ないよ」と笑顔で話しかけましょう。
しっぽを振ると喜んでいると思ってしまいがちですが、判断を誤ると突然ガブリと噛まれて怪我を負う場合もありますから注意しましょう。
★犬がやたらとものや人を噛む
犬は噛み砕く性質を元もと持っていますし、乳歯から永久歯に生えかわるころになると噛み始めます。
1.家具を噛んだり、噛む行為がひどいときは、運動不足ですから、散歩の時間や距離を延ばしたり、坂道などの傾斜のある場所を加えたりして運動量を増やしてあげましょう。
2.目の前にあるものが何かを確認するときに噛むという習性があります。
しかし、そのまま許容してしまうと成長とともに強く噛み怪我をさせてしまうことがあるので、習慣化しないようにしつけましょう。
そのサインに気づいて!
今回このカーミングシグナルという犬の行動、しぐさ、表情を調べていくうちに、筆者である私も犬は自分の気持ちをどう表すのかを確かめてみることにしました。
ホームセンター内にあるペットショップコーナーに行き、ガラスケースの中の犬を観察することにしました。
10ケースそれぞれに1頭ずつ犬種の違う子犬たちが入っています。
お昼時だったのですが、おおかたの子犬はボールを転がしていたりロープやぬいぐるみを噛んでひとり遊びをしたり、中には仰向けになりお腹を見せながら堂々と寝ている子もいます。
その中に、何もしないで座っている犬が一頭いました。
ドイツ国原産のロットワイラーの女の子、生後3か月です。
私が近づくと、スーッと顔を横に向けましたので、緊張しているのだろうと察することができました。
私がガラスケースの前に立っていると、今度はオシッコをして私の方を何度かチラチラと見るのですが、また、目線を外して顔を背けるのです。
オシッコがしたかったというよりも、緊張感から失禁したように見えました。
私の存在がストレスを感じさせているのだろうと思ったので、私は一旦ガラスケースから遠ざかりました。
そして、陰からそっと観察してみることにしたのですが、次にグルーミングを始めました。
それが、はじめは歯を小刻みに動かしながら右足をカミカミしているのですが、ずっと足の一点を舐め続けしばらくすると今度は左の足をまたカミカミし、さらにずっとまた一点を舐め続けているのです。
そういえば、さきほど見たときに前足の毛がそこだけ薄かったように思います。
弱弱しそうな目つき、寂しそうな表情、体を丸めてずっと舐め続けている姿を見ていると、なぜだかこみ上げてくるものがありました。
子犬の不安な気持ちがとてもよく伝わったからです。
見知らぬ人たちに、毎日のように見られる緊張感で怯えているのかもしれません。
びくびくした不安感は、目や表情から伺えます。
母犬のぬくもりが恋しくて寂しいのかもしれません。
ガラスケースの両サイドの子犬たちと触れ合うこともなく、個々のケースの中で過ごす時間の不安感や退屈さ。
いずれにせよ、その犬の複合的カーミングシグナルから不安感や緊張感が読み取れ、ストレスを強く感じていることがしっかりとわかりました。
このように犬を観察すると、いろんなサインを出していることがともてよくわかります。
もちろん、千差万別、十人十色(十犬十色?)ですから、自分の気持ちを強く出す犬もいれば、出すのが下手な犬もいます。
しかし、まったく出さない犬はいないでしょう。
気持ちを伝えたくて、わかってもらいたくて出しているサイン。
一生懸命にサインを送っているのです。
その中には喜びもたくさんありますが、その反面、不安感や緊張感を訴えていることも多いのです。
愛犬が喜んでいると思っていることを、実は人間である私たちは捉え違いをしているということもあります。
今回のテーマである「カーミングシグナル」。
カーミング(calming)は「静める、落ち着かせる」、シグナル(signal)は「信号やサイン」という意味です。
愛犬が元気いっぱいで楽しそうにしているときは、安心の青色シグナル。
しかし、心を静めたり落ち着かせたりしようとサインを出し始めているのなら黄色のシグナル。
そして、危険な赤色を点灯しだす前に、さあ気づいてあげましょう!
あなたの大切な愛犬が、あなたに心を許し委ねることができるよう、どうか愛犬の気持ちに気づいて寄り添ってあげてくださいね。
帝塚山ハウンドカムのネットショップ
愛犬に生肉を与え続けて10年の川瀬隆庸が監修
代表取締役 川瀬 隆庸
- 社団法人 日本獣医学会 正会員 会員No.2010172
- 財団法人 日本動物愛護協会 賛助会員(正会員)No.1011393
- ヒルズ小動物臨床栄養学セミナー修了
- 小動物栄養管理士認定
- D.I.N.G.Oプロスタッフ認定
- 杏林予防医学研究所毛髪分析と有害ミネラル講座修了
- 正食協会マクロビオティックセミナー全過程修了
愛犬の健康トラブル・ドッグフード・サプリメントなどアドバイスをいたします。