「本町獣医科サポート」の獣医師 北島 崇です。
私たちのペットにおいて、よく見られる体調不良の1つに下痢があります。今回のテーマは下痢が起きるしくみです。
目次
下痢発生のしくみ
下痢とは「便の水分が多い状態」をいいます。腸の中の水分量が多くなり、便がゆるゆるになった状態が下痢です。この下痢はどうして起きるのかを考える前に、次の2点を確認しておく必要があります
〇小腸 …栄養分を吸収するところ
〇大腸 …水分を吸収するところ
では、どういった理由で腸の水分が多くなるのかを次の4つのパターンで見てみることにしましょう。
① 消化不良
病気ではなくお腹をこわす場面として、最も多いのが食べすぎではないでしょうか。一度にたくさんのフードを食べると胃で消化しきれず、一部は未消化の状態で小腸へ運ばれます。
消化(=低分子化)できていない栄養素は小腸では吸収されないため、未消化フードはそのまま大腸に運ばれます。大腸は水分を吸収するところですが、ここに未吸収の栄養素が届くと逆に腸粘膜から水がどんどん入ってきます。これにより腸の中の水分量が増えてしまいます。
このような消化不良による下痢を「浸透圧性下痢」と呼びます。浸透圧とは腸粘膜を通して水分が入ってくるときの圧をいいます。消化不良は食べすぎだけではなく、消化酵素自体の減少でも起こります。
以前紹介した『牛乳の困りごと:お腹ゴロゴロ』を思い出して下さい。離乳して大人になると牛乳中の乳糖を分解する酵素ラクターゼが無くなってきます。この乳糖不耐症も「浸透圧性下痢」の1つということでした。
② 細菌の毒素
次は食べ物を通して起こる食中毒の下痢です。食中毒の原因菌の中には、増殖する時や投薬により死ぬ間際に毒素を産生するものがあります。この細菌毒素はからだに有害ですので、腸としては少しでも薄めようとして水分(=滲出液:しんしゅつえき)を分泌します。
このように腸の粘膜から分泌される滲出液により、結果として便の水分量が増加し下痢が起こります。このパターンを「分泌性下痢」といいます。
③ 腸粘膜の破壊
小腸も大腸も粘膜の細胞が健康な状態でなくては、栄養素や水分を吸収することはできません。しかし、細菌・ウイルスなどの病原体(=感染性)や有害な化学物質(=非感染性)などによって粘膜が壊れる場合があります。
腸の粘膜がダメージを受けると水分は吸収されず水浸し状態になり、さらには壊れた粘膜を補修しようと滲出液が分泌されます。このように腸粘膜が破壊され炎症を起こす結果、腸の中の水分量が増加して発生する下痢を「粘膜障害性下痢」と呼びます。
④ 緊張・ストレス
みなさんは電車の移動中とか、仕事の会議前にお腹が痛くなることはありませんか?これは緊張やストレスにより、腸の運動が亢進することによるものです。これのもっとひどいものは過敏性腸症候群と呼ばれています。
腸の運動を蠕動(ぜんどう)運動といいます。蠕動運動が激しいと便が大腸内を進む時間が短くなり、水分吸収量が減少してしまいます。この結果、便の水分量は増え下痢となります。このパターンが「腸管運動性下痢」です。
以上のように、下痢は水分の吸収障害、分泌の亢進、腸管通過時間(蠕動運動)の3要素が組み合わさった結果起きていました。
ストレスと下痢
私たちヒトでは、精神的影響による下痢(腸管運動性下痢)は何となく覚えがあります。ではペットたちも緊張やストレスによって下痢を起こすことがあるのでしょうか?
狭いケージ
少々可哀そうな内容ですが、次のようなイヌのストレスと下痢の関係を調べた実験があります(落合 匠ら 順天堂大学 1992年)。
●供試犬 体重15kg前後の雑種成犬
●グループ
:無処置群(10頭)
:ストレス群(5頭)
…軽度の行動制限を受けるケージ内に3週間飼育
●結果
:無処置群 …2頭が水様便を発症
:ストレス群 …4頭が1日2~3回の水様便を発症
今回の下痢は自由に動けないというイライラ状態が、大腸の蠕動運動を亢進させた「腸管運動性下痢」と考えられます。このようにヒトと同じく、イヌでもストレスが続くと下痢を起こすことが判ります。
オキシトシン
愛犬の生活においてストレスとなるものとして、運動不足(ケージが狭い、散歩に行けない)、騒音(テレビ、工事)、ドライブ(振動、乗り物酔い)などがあるでしょう。
長期間のストレスにより下痢が起こるのは、脳から分泌されたホルモン(副腎皮質刺激ホルモン)によって大腸に分布する神経が作動し、蠕動運動が促進してしまうためと考えられています。
これに対してからだの中では、日々の緊張やストレスを軽減してくれるホルモンもつくられています。それがオキシトシンです。オーナーと愛犬が見つめ合うと両者に分泌される「幸せホルモン」であるオキシトシンです。
実験動物の試験では、ストレス環境にあるラットにオキシトシンを投与すると、腸管の運動が抑制されたという報告があります(松永昌宏ら 名古屋大学 2007年)。このようにオキシトシンは「ストレス緩和ホルモン」とも呼ばれています。
オーナーと愛犬との触れ合いや見つめ合いは、ヒトとイヌ両者においてストレス性下痢の軽減・予防に期待ができそうです。
食物繊維の効果
食べすぎや食中毒などの下痢とは異なり、大腸に主原因がある慢性の下痢の場合、ペットに長期間に渡って薬を与えるのはどうも抵抗感があります。毎日のフードで何か対応はできないものでしょうか。
高繊維フードの活用
慢性大腸性下痢のイヌに高繊維フードを給与した場合の反応を調べた海外の報告があります(2000年)。下痢症のイヌにダイエット用フードを与えた結果、全体の96.3%(26頭/27頭)において症状の改善が確認できたとのことです。
この報告において給与されていたフード中の総繊維量は6.8%でした。一般的な標準タイプのフードでは3~4%の繊維を含んでいますので、高繊維フードは慢性大腸性下痢のイヌの症状緩和に有用と考えられます。
食物繊維のはたらき
ペットの食事管理において、食物繊維が下痢のケアに有用な理由を考えてみましょう。東京大学動物医療センターの福島建次郎は、大腸性下痢に高繊維食が有効な理由として次の3点をあげています(2013年)。
(1)水分の吸収
食物繊維は水分を吸収して膨らむ性質があります。便秘の際に繊維質の食べ物を摂るのはこれに因るものです。下痢の際には、大腸の余分な水分を食物繊維が吸収してくれます。
高繊維フードの摂取により便の通過スピードは抑えられ、ゆっくりと腸の中を移動することができます。同時に大腸での水分吸収時間も増えるということです。
(2)腸内細菌の応援
私たちヒトやイヌ・ネコは食物繊維を直接消化することはできませんが、大腸の腸内細菌が分解します。特に乳酸菌などの善玉菌は食物繊維をエサとして増えることにより、悪玉菌の増殖を抑えて腸内細菌叢を整えてくれます。
また、食物繊維を分解する時に善玉菌が産生する有機酸(酢酸、酪酸、プロピオン酸)は傷ついた腸粘膜を修復する作用があります。食物繊維はプレバイオティクスとして腸内環境の維持・正常化につとめています。
(3)細菌毒素の吸着
下痢発生のしくみのところで、食中毒などの病原菌の中には毒素を分泌するものがあることを紹介しました。この毒素は腸粘膜からの滲出液分泌を招き、粘膜自体も傷つけます。
食物繊維は細菌毒素を吸着して、腸粘膜を保護するはたらきがあります。これに加えて腸内に増えた病原菌も便とからめて、一緒に体外に排出してくれます。いわば腸内の一斉大掃除です。
以上、下痢の対処法の1つとして食物繊維の有用性について紹介しました。しかし、ここで注意点があります。下痢の原因はさまざまであり、なんでもかんでも「下痢の時には高繊維フード」と考えるのは誤りです。下痢の原因によっては、食物繊維が症状を悪化させてしまう場合もあります。
みなさんの愛犬・愛猫がお腹を壊した時は、動物病院で診察・治療を受けることが第一です。そして下痢の原因やタイプをしっかり調べてもらい、獣医師からその後の適切なケアアドバイスを受けて下さい。
次回は下痢の治療時に動物病院でよく聞く「絶食」や「生菌剤」などについてのお話をします。
(以上)
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執筆獣医師のご紹介
本町獣医科サポート
獣医師 北島 崇
日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部獣医学科 卒業
産業動物のフード、サプリメント、ワクチンなどの研究・開発で活躍後、、
高齢ペットの食事や健康、生活をサポートする「本町獣医科サポート」を開業。