日本でも新型コロナウイルスの流行が始まって1年が過ぎました。異例のスピードで開発されたワクチンの接種が世界中で進んでいますが、同時に注射後の副反応のニュースも耳にします。今回のテーマはペット用ワクチンの中で最も大切な狂犬病ワクチンとその副反応です。
目次
【愛犬のワクチン】
動物病院に行くと受付カウンターあたりに、新しいワクチンのお知らせハガキやポスターが貼ってあります。さまざまな病気の中でも感染症を予防するのにワクチンは有効です。
コアワクチンとノンコワワクチン
国内外のメーカーからたくさんの種類のワクチンが販売されています。動物病院で注射をしてもらう時に特に意識はしませんが、ワクチンは大きく次の2つのグループに分けられます。
○コアワクチン
…感染による生命への脅威が大きく、公衆衛生上の観点からもすべてのイヌに接種が勧められるものをコアワクチンといいます。具体的には狂犬病、犬ジステンパー、犬パルボ、犬伝染性肝炎の4種類です。
○ノンコアワクチン
…ノンコアワクチンとは感染のリスクに応じて接種が勧められるものをいいます。レプトスピラやパラインフルエンザなどが代表です。
コアアクチンの中で、法律上の注射義務が課せられているのは狂犬病だけです。したがって、狂犬病ワクチンのみ単一ワクチンであり、これ以外は複数の種類が一緒になった混合ワクチンが一般的です。(今回はネコのワクチンについては割愛しました。愛猫オーナーのみなさん、ごめんなさい。)
狂犬病ワクチン
このように狂犬病ワクチンはコアワクチンの1つであり、年1回必ず接種させなければならいものですが、実際の注射率はおよそ50%と推測されています。ではなぜ狂犬病の予防注射を行わないオーナーがいるのでしょうか?
福岡市保健福祉局がまとめた「平成26年度ペットに関する市民意識調査」によると、聞き取り対象者137人中、予防注射を受けさせていていないと回答した人は13人(9.5%)でした。その理由としては「義務とは知らなかった(23.1%)」などがいろいろですが、そのなかに「過去、狂犬病ワクチン注射後に副反応が出たため」というものがありました。
同様の調査は東京都でも実施されており、狂犬病の予防注射を受けさせていないと回答したオーナーの約10%が「注射後の体調不良」を理由としてあげています(井上 智 国立感染症研究所 2005年)。
【狂犬病ワクチンの副反応】
現在、日本では約440万頭のイヌが狂犬病の予防注射を受けています。ではこの内、どれくらいの割合で副反応が現れているのでしょうか。
1年間の報告件数は?
狂犬病ワクチンに限らず、動物病院で予防注射を受けて副反応が認められた場合、獣医師は国へ報告を行うことになっています。この結果は農林水産省 の動物医薬品検査所という機関でまとめられ、副作用データベースとしてHPで公開されています。
これによると、狂犬病ワクチンを注射して何かしらの副反応が現れた件数は、多い年では33件、直近では9件、平均すると1年間でおよそ20件といったところです。
発生率が高い年齢は?
先程の動物医薬品検査所では、動物用ワクチンの副反応の発生に関係する調査報告を行っています(蒲生恒一郎ら 農林水産省動物医薬品検査所 2008年)。これによると副反応の発生はペットの年齢と関係があります。
報告結果では、狂犬病ワクチン注射後の副反応の発生率をイヌの年齢別に見てみると1歳未満が最も高く1.46%とのことでした。この理由としてワクチンは年齢=体重に関係なく同量(狂犬病ワクチンの場合は1ml)を注射することになっているためと考えられます。
1歳未満でしかも近年人気が高い小型犬ではとくに体重が軽いために、副反応の発現率が高くなる傾向があるのでしょう。
発生率が高いワクチンは?
前出のコアワクチンやノンコアワクチンにあるように、現在ペット用のワクチンにはいろいろな種類のものがあります。では狂犬病ワクチンとそれ以外の混合ワクチンとでは、副反応の発現率には違いがあるのでしょうか?
蒲生らの報告を見てみましょう。注射を受けたイヌ10万頭あたりで換算した結果の副反応発現頭数は、狂犬病ワクチンが0.6頭、その他の混合ワクチンでは1.5~4.7頭でした。これは混合ワクチンには複数の抗原(=処理した病原体)が配合されているため、その分生体にとっては負荷が高くなることが背景にあります。
このように含まれる抗原が1種類のみである狂犬病ワクチンは、比較的安全性が高いワクチンであるということが判ります。
【副反応の症状】
世界では新型コロナワクチンの接種がどんどん進み、日本でもようやく一般の人への接種が始まりました。これに伴いニュースでは「副反応」とか「アナフィラキシー」という言葉がよく出てきます。
通常反応と副反応
通常ワクチンは病原体を死滅させたもの(=不活化ワクチン)や病原性を弱めたもの(=弱毒生ワクチン)を抗原として作られています。したがってワクチンを注射された場合、当然何かしらの反応が起こります。
ワクチン注射後の軽い発熱やだるさ、また注射部位の腫れや痛みは短時間で改善されるものであり、通常反応と考えるべきものです。このような軽度なものは、注射により免疫反応のスイッチが入ったという証拠です。
これに対してムーンフェイス(顔面腫脹)、呼吸困難、意識障害といった異常な症状を副反応といいます。近頃よく耳にするアナフィラキシーは、この副反応の1つになります。
アナフィラキシー
アナフィラキシーとは、全身性のアレルギー症状を示す生死に関わる過敏な免疫反応をいいます。そしてこのアナフィラキシーによって血圧が低下し、意識を失うような場合をアナフィラキシーショックと呼びます。
アナフィラキシーとは過剰なアレルギー反応のことですので、ワクチン注射だけが原因というわけではありません。次のように、あくまでもワクチンはアナフィラキシーを引き起こす原因の1つです。
《主なアナフィラキシーの原因》
○食べ物 …牛乳、卵、小麦など(いわゆる食物アレルギー)
○昆虫 …毛虫刺されやハチ刺され
○医薬品 …抗生物質、ワクチン
みなさんのペットがアナフィラキシーを起こした場合、命に関わる可能性があるためどのような反応を示すのか知っておく必要があります。次に代表的な症状をまとめます。
《アナフィラキシーの症状》
○皮膚、粘膜 …かゆみ、じん麻疹、ムーンフェイス(顔面腫脹)
○呼吸器 …せき、くしゃみ、呼吸困難
○消化器 …嘔吐、下痢
○循環器 …血圧低下、失神、心臓停止
○神経系 …不安/おちつかない様子
顔、特に目のまわりやまぶたが腫れあがるムーンフェイスはイヌにおけるワクチン特有の副反応として知られていますが、アナフィラキシーは食物アレルギーを発症した場合でも見られる全身反応です。
副反応発現までの時間
ではワクチン注射後、どれくらいの時間が経過してからアナフィラキシーは起こるのでしょうか?また注射後何日くらいまで副反応のリスクは続くのでしょうか?
平成15~17年の3年間に狂犬病ワクチンによる副反応報告があった合計60例について、発症までの時間を調査した報告があります(蒲生ら 2008年)。これによると呼吸困難や血圧低下といった生死に関わる重篤な副反応(呼吸器・循環器症)は注射後1時間以内に最も多く発生しています。対して全身のかゆみや下痢などの皮膚・消化器症は3日後くらいまで認められます。
このことから注射後3時間程度は特にしっかりとした観察が必要であり、3日間は注意しておくのがよいことが判ります。
ヒトと同様にペットにおいてもケガをすれば手術をおこない、病気になれば薬を飲みます。そして感染症の予防に対してはワクチン接種を行います。しかしこれらすべての医療行為には何かしらのリスク(副反応)が伴います。
薬の開発者や獣医師は可能な限り効果が高く、リスクが小さい医療の提供に努めています。狂犬病ワクチンもその1つで、現在も安全性向上のための研究が行われています。
オーナーのみなさんはワクチンの効果とリスクの関係を今一度ご理解下さい。そして定期的なワクチン接種とその後の経過観察を注意深く行い、大切なペットの健康をサポートしてあげて下さい。
(以上)
執筆獣医師のご紹介
本町獣医科サポート
獣医師 北島 崇
日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部獣医学科 卒業
産業動物のフード、サプリメント、ワクチンなどの研究・開発で活躍後、、
高齢ペットの食事や健康、生活をサポートする「本町獣医科サポート」を開業。