新型コロナ流行の影響により在宅時間が増え、昨年はペット飼育頭数の新規増加率が大きく伸びました。オーナーデビューされた方々には、役所への届出や狂犬病ワクチンの接種など初めて行う事がいろいろあります。加えてこの先、ペットの不妊処置をどうするかというテーマが待っています。
目次
【不妊処置の実施率】
ペットの不妊処置は法律で決まっていることではありません。処置を行うか行わないかは、オーナー自身の考え方によります。まずはここで不妊処置がどれくらいの割合で実施されているのかを見てみましょう。
ペットの不妊手術
「去勢」「避妊」「不妊」と似たような言葉が出てきます。去勢とはオスに行う不妊処置のことで、手術により精巣を摘出することをいいます。これに対してメスに行う処置を避妊といい、卵巣と子宮を一緒に摘出します。オスに比べてメスの不妊手術は少し大掛かりなものになります。
去勢・避妊ともに安全性は高い手術ですが、全身麻酔を行うためゼロリスクということはありません。また術前には血液/尿検査やレントゲン、心臓エコーなどの検査を実施して、手術が可能かどうかの確認を必ず行います。
イヌおよびネコの実施率
ではペットの不妊手術の実施割合はどれくらいでしょうか?東京都福祉保健局の調査によると次のような結果になっています(平成23年度)。
○イヌ …オス(47.6%)、メス(58.9%)
○ネコ …オス(85.0%)、メス(86.3%)
このように不妊手術の実施率にはイヌ<ネコ、オス<メスという傾向があります。
【不妊手術のメリット・デメリット】
ペットオーナーのみなさんは不妊手術に対して、どのような意見をもっているのでしょうか?手術を行う派/行わない派、手術のメリット/デメリットをまとめてみましょう。
行う理由・行わない理由
愛犬オーナー471人を対象にした不妊手術に関するアンケート結果があります(入交眞巳ら 北里大学 2011年)。これによると全体の76.2%のオーナーは不妊手術に賛成意見ですが、その実施率は39.5%でした。愛犬の不妊手術に対する意見はそれぞれ次のようになっていました。
《不妊手術を行う理由》
・望まない妊娠を避ける(55.3%)
・病気予防のため(30.8%)
・寿命が延びる、精神的に安定する/ストレスがかからない(各7%)
《不妊手術を行わない理由》
・そもそも手術の必要がない(28.3%)
・子犬を産ませたい(22.2%)
・嫌がりそう、これから行う予定(各10%)
・お金がかかる(9%)
前出の東京都の調査結果で不妊手術の実施率がイヌ<ネコ、オス<メスであったのには、「ペットに望まない妊娠をさせない」という考え方が背景にあるようです。
メリット
不妊手術を行うということは生殖器(精巣、卵巣・子宮)を摘出するということです。したがってマーキング、鳴き声、出血、妊娠など発情や繁殖に関係するオーナーのストレスは無くなります。
また病気関係では性ホルモンが関与する乳腺腫瘍の発症率低下や糖尿病の治療効果の向上が期待されます。この他に前立腺肥大症、交尾による猫白血病や猫エイズ感染症のリスクも低減されます。
デメリット
不妊手術を行う場合の心配点としては、まず全身麻酔のリスクがあります。各動物病院では細心の注意を払って手術が行われますが、リスクがゼロというわけではありません。
加えてよく言われるものとして、手術後の肥満や骨密度の低下というようなコンデションの変化があります。
ペットの不妊手術には長所と短所があります。みなさんの考え方や飼育環境、そしてペットの体調・年齢などを獣医師とよく相談の上、総合的に決定されるのが良いと思います。
【乳腺腫瘍との関係】
不妊処置のメリットの1つとして、乳腺腫瘍の発症率の低下がよく知られています。乳腺腫瘍はイヌ、ネコにおいてごく一般的に発症するホルモン依存性の腫瘍です。発症初期は乳腺部のシコリとして確認されますが、悪性腫瘍の場合は全身に転移する可能性があり要注意です。
発症率と避妊手術
イヌ(メス)の年齢と乳腺腫瘍発症率との関係をみると、5歳を過ぎた頃から一気に上昇し、高齢犬では4%近くを示します。また避妊手術をしていないメスでの発症率は高いとされています。
イヌ(メス)106,509頭を対象にした調査結果では、乳腺腫瘍発症率は避妊手術実施グループ(0.7%)に対して未実施グループ(3.5%)と5倍の差が報告されています(アニコム 2009年)。
避妊手術のタイミング
このように避妊手術の実施により発症率が大きく下がる乳腺腫瘍ですが、腫瘍を切除した後、愛犬がどれくらい長く生きていられるのかという点も気になります。
日本大学の橋本志津らは、乳腺腫瘍の切除手術を受けたイヌ198頭(メス、年齢4~17歳)を次の4つのグループに分け、術後の生存日数を比較しました(2003年)。
●Ⅰ群(避妊手術をしていない:19頭)
…955日
●Ⅱ群(腫瘍切除と同時に避妊手術を行った:165頭)
…1,249日
●Ⅲ群(腫瘍切除の前に避妊手術を行った:10頭)
…1,090日
●Ⅳ群(腫瘍切除の後に避妊手術を行った:4頭)
…1,112日
全体の腫瘍切除後の平均生存日数は1,219日でした。この調査結果において避妊手術のタイミングとしては、乳腺腫瘍の切除と同時に実施することにより最も高い生存率が得られていました(Ⅱ群)。
以上をまとめると、避妊手術を行っていないイヌ(メス)では乳腺腫瘍の発症率は高く、また腫瘍切除後の生存日数も短いということが判ります。
【糖尿病との関係】
最後にペットの糖尿病と避妊処置との関係についてお知らせします。少し意外感があるかもしれません。
1型および2型糖尿病
私たちヒトでは糖尿病は生活習慣病の代表のようになっています。ざっくり言うと糖尿病とは常時血糖値が高い状態のことですが、これには血糖値を下げるインスリンというホルモンがしっかり働いていないことが理由にあります。
生まれつきインスリンを作る能力がない~低いタイプの糖尿病を1型、インスリンは作っているけれどもその効き目が弱い(=インスリン抵抗性)というタイプのものを2型糖尿病と呼んでいます。偏った食生活や肥満に由来するものは2型糖尿病ということになります。
イヌとネコの糖尿病
イヌやネコにも糖尿病はありますが、背景は大きく異なります。イヌではその大部分は1型糖尿病、すなわち生まれつき(=遺伝性)インスリンが作れないタイプです。またこの他にクッシング症候群や、すい炎、そして黄体ホルモンの作用によるものがあります。
メスの場合、発情後の黄体期に卵巣からプロゲステロンというホルモンが分泌されます。この黄体ホルモンにはインスリンの働きを邪魔する作用(=インスリン抵抗性)があり、これにより血糖値の高い状態が続くという事例があります。
またクッシング症候群や、すい炎、黄体ホルモンによるイヌの糖尿病は、年齢が進むに伴って発症率が上昇するという傾向が見られます。
対してネコの糖尿病のほとんどは肥満によるものです。ネコは元々太りやすい動物と言われており、体の中で脂肪が蓄積して大きくなった細胞ではインスリンの作用効率が低下します(=インスリン抵抗性)。ネコの場合、ヒトと同じような2型糖尿病がメインです。
避妊手術と糖尿病治療
イヌ(メス)において黄体ホルモンはインスリンの働きを低下させます。避妊手術をしていない糖尿病のイヌへのインスリン治療に関する次のような症例報告があります(川上正ら 開業獣医師 2011年)。
〇治療対象 アイリッシュセッター(11歳メス、 非避妊)
〇症状 糖尿病
〇対処 卵巣および子宮の摘出手術を実施
〇インスリン投与の効果
避妊手術前 …血糖値290→375mg/dl
避妊手術後 …血糖値395→175mg/dl
報告にあったアイリッシュセッターの体重は30㎏足らずで、やややせ気味でした。避妊手術を受けておらず、インスリン投与による血糖値の低下が見られないことから、黄体ホルモンの影響が背景にあると推察されました。
この症例では卵巣の摘出(=避妊手術)を行う事により、今までインスリンの働きを邪魔していた黄体ホルモンの作用が無くなり、良好な糖尿病の治療効果が得られるようになりました。
ペットの不妊処置はオーナーのみなさんの考え方とペットのコンデションを元に決める必要があります。今回は乳腺腫瘍の発症率と糖尿病治療というメリットを紹介しました。次回は不妊処置後に見られるマイナス面について確認しようと考えます。
(以上)
執筆獣医師のご紹介
本町獣医科サポート
獣医師 北島 崇
日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部獣医学科 卒業
産業動物のフード、サプリメント、ワクチンなどの研究・開発で活躍後、、
高齢ペットの食事や健康、生活をサポートする「本町獣医科サポート」を開業。