獣医師が解説

【獣医師が解説】ペットの病気編:テーマ「歯磨きと仕上げの拭き取り」

大切であることは判っていても、なかなか始められないのがペットのデンタルケアです。オーナーの方々と話しをしていると「小さいうちから始めておけば良かった…」とか「すごく嫌がってかわいそう」という声をよく聞きます。

【いろいろなデンタルケア】

現在のところ、自宅でペットのデンタルケアをされているオーナーの割合は20%くらいです。何かしなければいけないと感じ始めるきっかけは口臭に気が付いた時ではないでしょうか。

きっかけとなる口臭

ペットの口臭の原因は歯垢や歯周ポケットの細菌が産生するガスです。毎日の生活によって少しずつですが口の中に棲みつく菌数は増えるため、年齢を重ねると口臭が強くなってゆくのは当然のことです。

1~9歳の小型/中大型犬:合計251頭の年齢と口臭の変化を調査した報告があります(鶴見彩夏ら ヤマザキ学園大学 2017年)。口腔内ガスのうち、硫化水素などタンパク質の分解によって発生する揮発性硫黄化合物の濃度を測定した結果、予想通り加齢に伴い数値の上昇が確認されました。

そしてこの中で対象犬全体および小型犬に共通して、口臭が急上昇する境目となる年齢がありました。それが8歳です(全体平均:158.0ppb、小型犬:174.4ppb)。

前回、動物病院でデンタルケアの相談が多い年齢として10歳以上(36.8%)、7~10歳(23.7%)というデータを紹介しましたが、ちょうど今回の測定結果と一致します。しかし口臭に気付く8歳前後ですが、すでにこの時点で歯垢・歯石の付着や歯肉の炎症などは始まっているはずです。

実践されているケア

お店のフードコーナーに行くといろいろなデンタル商品が並んでいます。みなさんが購入し、実施しているデンタルケアは何でしょうか?北海道の愛犬オーナーを対象として、有効とされる2日に1回以上の頻度で実践しているケアについてのアンケート結果があります(大野愛満ら 酪農学園大学 2016年)。

これによると最も広く行われているものは歯ブラシを用いる歯磨き(52%)、次いでデンタルガムの利用(48%)、シートによる拭き取り(31%)、デンタルジェル・スプレー(25%)というものでした。

先ほどペットのデンタルケア実施率は20%程度と述べましたが、北海道の愛犬家のケア意識は全国平均よりも高いようです。

【好きなケアと嫌いなケア】

残念な話ですが歯磨きが好きなペットは多くはありません。その理由として、歯磨きにかける時間が長い、ブラッシングが強すぎて痛がるなどオーナーの熱心さが裏目に出てしまっていることがあります。

ペットの反応

大野らはそれぞれのデンタルケアに対する愛犬の反応についても聞き取りを行っています。結果は次の通りです。

○歯磨き …好き(17%)、嫌い(50%)
○デンタルガム …好き(66%)、嫌い(3%)
○シート …好き(8%)、嫌い(42%)
○ジェル・スプレー …好き(8%)、嫌い(17%)

予想通り歯磨きに限らず、デンタルシートやジェル・スプレーといった保定と口周りを触られるケアを愛犬は嫌がることがよく判ります。これに対してガムは自分から噛むことができるケアであるため、あまり嫌がる様子は見せないようです。

歯磨きだけでは心配

ペットのデンタルケアの大切さをよく理解されているオーナーは、歯磨きだけではなく、他の何かとの併用ケアを行っています。その割合は歯磨きが好きと回答したオーナーの79%、嫌いと答えたオーナーの93%と大変高い値です。

どこかに磨き残しがあるかもしれないという心配から、ガムやシートなどを併用するオーナーが多いのです。ではここから本題に入りましょう。ペットの歯磨きとセットで行うべきケアとしては何が適切でしょうか?

【歯磨き後の口内細菌数】

私たちは歯を磨いたら水で口の中をすすぎます。これは歯磨き粉(ペースト)の泡を洗い出している訳ですが、ペットの場合は水やジェルで洗うため終わったらそのままです。この時の口の中の細菌数に注目してみましょう。

舌表面の菌数

歯磨き前後のヒトの口内細菌数はどう変化しているのかを調べた報告を見てみましょう(池田真弓ら 藤田保健衛生大学 2012年)。健康成人20人(平均年齢46.1歳)に食事後歯磨きをしてもらい、その後次の3通りの方法で口の中のそうじを行いました。

○水洗 …水道水で3回洗浄する
○スポンジ …口腔ケア用スポンジで口内全体を拭き取る
○ティッシュ …口腔ケア用ウエットティッシュで口内全体を拭き取る

歯磨き前と各そうじ後の舌表面の細菌数の減少率を比べたところ、水洗(16.6%減)、スポンジ拭き取り(44.2%減)、ウエットティッシュ拭き取り(50.9%減)という結果でした。

これより歯磨き後に口の中をすすぐことは汚れだけでなく細菌除去の意味があること、そしてペットのようにすすぎができない場合は、口腔ケア用ティッシュ等で口の中を拭き取ることが有効であるといえます。

唾液中の菌数

歯磨きでは歯の汚れや歯垢の除去が重要視されますが、口内細菌数についてはどうでしょうか?寝たきり状態でケアを受けている小児20人を対象にして、歯磨き前、水だけの歯磨き後、歯磨き後にガーゼで口内の拭き取りを行った後の唾液中の細菌数を測定した報告があります(髙井理人ら 北海道大学 2018年)。

結果では唾液1ml中に歯磨き前:約420万、歯磨き後:約370万もの細菌が存在していました。これが口内を乾燥ガーゼで1回拭き取った後では約19万と大きく減少しました。

歯磨きを行うと歯と歯肉の隙間に隠れていた細菌が掻き出され、唾液中に混入します。歯磨き粉(ペースト)を使わず水だけで洗い、その後口の中をすすがない場合、そのまま細菌が居残ることになります。

この試験データから、ペットの歯磨き後はデンタル用のティッシュや清潔なガーゼなどで口の中の唾液を拭き取ってあげるのが適切であると考えられます。

【歯磨き後の拭き取りケア】

オーナーのみなさんの中には、ペットの歯磨きにジェルを使われている方がおられます。歯磨きジェルにはペットが好きそうな匂いが付けてあり、また歯ブラシと歯肉との摩擦を軽減します。では、水だけの歯磨きとジェル歯磨きとではどちらが良いのでしょうか?

歯磨きジェルの作用

松本歯科大学の宮原康太らは、次のような水歯磨きとジェル歯磨きの作用の違いを調べた試験を行いました(2016年)。

●被験者 成人17人(平均年齢30.0歳)
●グループ
  水歯磨き …水0.3ml×3分間の歯磨き
  ジェル歯磨き …市販の口腔ケア用ジェル0.3㎎×3分間の歯磨き
●測定項目
  歯磨き前後の唾液中細菌数
     〃  歯肉表面に付着する細菌量

先ほど歯磨きを行うと隠れていた細菌が唾液中に混入すると述べました。この試験では歯磨き後唾液1ml中の細菌数は、水歯磨きで2.2倍増加、ジェル歯磨きでは1.5倍増加となりました。共に細菌の掻き出し効果は確認されましたが、ジェル歯磨きの方がやや低い結果でした。

仕上げの拭き取り

では次に歯肉表面に付着している細菌量の変化を確認しましょう。水歯磨きでは菌量はおよそ1/3に減少しましたが、ジェル歯磨きでは逆に2.5倍ほど増加しました。すなわち、ジェルを用いて歯磨きをした場合、歯と歯肉の隙間や歯周ポケットから掻き出された細菌はジェルの中に閉じ込められるということです。

水歯磨きは少し摩擦がありますが、細菌は唾液中に混入します。対してジェル歯磨きでは摩擦の痛みは軽減されますが、細菌はジェルと一緒に歯や歯肉表面に付着します。先ほどのデータでジェル歯磨きでは唾液中の菌数が少なかったのはこのためでした。

結論としてどちらの方法にしても歯磨き後に口の中をすすがないと、掻き出された細菌はそのまま残るため、仕上げに唾液やジェルを拭き取る必要があるということになります。これはちょうどペットの歯磨きにもあてはまることです。

ペットのデンタルケアの中心は歯ブラシを用いた歯磨きですが、今までは歯や歯肉の汚ればかりが注目されてきました。しかし今回、歯磨きには汚れの除去と同時に、歯周ポケットから細菌を掻き出す作用があることも判りました。

私たちヒトとペットの一番の違いは歯磨き後に口の中をすすぐか、すすがないかという点です。ペットの口臭対策・歯周病予防では、歯磨きとセットでデンタルシートなどによる仕上げの拭き取りケアを行うことが大切です。

(以上)

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執筆獣医師のご紹介

獣医師 北島 崇

本町獣医科サポート

獣医師 北島 崇

日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部獣医学科 卒業
産業動物のフード、サプリメント、ワクチンなどの研究・開発で活躍後、、
高齢ペットの食事や健康、生活をサポートする「本町獣医科サポート」を開業。

本町獣医科サポートホームページ

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