獣医師が解説

【獣医師が解説】ペットとの生活編:テーマ「アニマルホーダー」

みなさんは「アニマルホーダー」という言葉を聞いたことがありますか?ホーダーとはホーディング(hoarding:大量に何かをため込んで処分できない行為)をする人のことをいいます。すなわちアニマルホーダーとは、精神医学からみた多頭飼育者という意味です。

【多頭飼育者の分析】

環境省では動物の多頭飼育を社会問題としてとらえ、全国の自治体から事例収集を行いその解決ポイントを提示しています。2020年に発表された「社会福祉施策と連携した多頭飼育対策推進事業アンケート調査報告書」から多頭飼育者のキャラクターを確認してみましょう。

性別と年齢

平成27年~令和元年の期間中、全国から集められた385件の多頭飼育事例について、飼育者の性別と年齢層がまとめられています。これによると男性(42.3%)に対し女性(56.4%)と性別には大きな偏りはありませんでした。

また年齢層では20代未満から70代以上まで幅広く確認されましたが、40代以降で割合が増えだし、70代以上が全体の30%以上を占めていました。多頭飼育者には性別と年齢に関してさほど特徴は見られないようです。

キャラクター

自治体の担当者は飼育者との面会を通してキャラクターの分析を行っています。これによると飼育動物とのかかわりにおいて次のような共通性が確認されました。

・動物への過度の愛情をもつ(60.8%)
・動物の殺処分を恐れる(50.7%)
・動物の所有権を放棄しない(51.7%)

このように動物に対して強い愛情をもっている一方、同居する動物への衛生管理、疾病予防などのケア意識は低いという矛盾する特徴が見られました。報告書ではこれを「ホーダー気質」とまとめています。

問題解決までの期間

多頭飼育問題では解決までには長い時間がかかります。近隣住民からの苦情の連絡など最初の情報把握から解決までの期間は、1年未満(29.1%)および1年以上2年未満(23.9%)が全体の過半数を占めています。

平成27年~令和元年の多頭飼育事例385件において、解決までの平均期間は3.0年でした。その中には10年以上を経過したものが20件(5.2%)もありました。

ではなぜ多頭飼育問題は解決までに長い時間がかかるのでしょうか?理由はいくつかあるのですが、その1つに法律的には飼育動物の所有権は飼育者にあるため、行政が強引に引き取れないという点があります。このため時間をかけて話し合いを行う必要があります。

さらにもう1つ、行政の担当者が説得している間にも飼育動物が増えていくということがあります。動物の入手ルートとしては購入や知人からの譲渡、野良ネコを拾ってくるなどがありますが、最も多い回答は「その他・不明」というもので半数近くを占めています。不明=いつの間にか増えている、とは飼育動物が自家繁殖しているということです。

調査をした385件中91.7%は不妊去勢処置がされていませんでした。これには経済的余裕がない、手術自体への抵抗感などの理由がありますが、もっとも大きな背景は繁殖をコントロールする意識がないということです。この結果、46.8%において問題対応中にも飼育動物が増えてしまっています。

【アニマルホーディング】

どこからか動物を「集めてくる」、集めた動物の「管理をしない」、管理できないほど増えた動物を「手放そうとはしない」という特徴がある多頭飼育問題ですが何かに似ている気がします。動物を「ゴミ」に置き換えるとちょうどゴミ屋敷問題になります。

ホーディング(ため込み症)

みなさんのお宅にプレゼントの空き箱やデパートの紙袋はたまっていませんか?他の人から見ると「なぜこんなものをためているのか」というものでも、本人にしてみると「そのうち使う時があるかもしれない…」とどんどん増えてゆきます。これを精神医学的にはホーディング(ため込み症)といいます。

ホーディングの対象はさまざまですが、ある調査によるとため込む物の上位として衣類・装飾品、紙袋・空き箱、本・雑誌・資料などがあるとのことです(池内裕美 2014年)。そういえば、ほとんど着ないけれど捨てられない服などけっこうあります。

実はホーディングの対象は物質(モノ)だけではありません。パソコンやスマホの中には、友人との写真や仕事で1度だけ会った人の電話番号などがあります。このような捨てられないデータの場合をデジタルホーディングといいます。

同様に非物質としてイヌやネコなど動物が対象となる場合があります。これが「アニマルホーディング」、そして多数の動物をため込んでしまう人を「アニマルホーダー」といいます。先ほどの多頭飼育者のキャラクター分析のところで「ホーダー気質」という言葉が出ましたが、これは単なる動物愛好家ではなくため込み症の性質をもっているという意味でした。

ホーディング(ため込み症)が過度に進行すると、増えてゆく対象物を自分では管理できない、対象物に強い愛着をもつ、周囲への迷惑を気にしないなどの特徴が認められます。これらの点で対象物が物質(モノ)であるゴミ屋敷問題と非物質であるアニマルホーディング・多頭飼育問題には共通性があるといえます。

動物虐待とアニマルホーディング

ホーダー(ため込み症の人)は対象物に愛着をもっています。したがってアニマルホーダーも一般的に動物を傷つけるということはありません。しかし本当に動物は虐待を受けていないのでしょうか?

動物虐待には2パターンあります。1つは意図的(積極的)虐待というもので、動物に暴力を加える、闘わせる、恐怖を与えるといったものです。もう1つは直接傷つけることはない代わりに、飼育者は動物の生活管理を行おうとしないネグレクト(飼育放棄)です。

アニマルホーダーには同居する動物に対して強い愛情をもっているのに関わらず、ケア意識は低いという気質がありました。すなわち多頭飼育はネグレクトに相当し、動物にとっては虐待されていることになります。

【多頭飼育問題の解決】

ゴミ屋敷問題と多頭飼育問題はホーディングという意味では基本的には同じものですが、1つ大きく異なる点があります。それは動物の場合、飼育されている集団の中で繁殖が起こり、増頭する可能性があるということです。多頭飼育問題の解決には繁殖制限を考えなければなりません。

負のスパイラル

環境省のアンケート報告書から多頭飼育問題の全体像が見えていきました。アニマルホーディングの気質がある人が愛情から飼い始めた動物が少しずつ増えてゆきます。これがスタートですが、動物の飼育にはお金がかかるため、やがて飼育者の経済的な余裕を超えてしまいます。

多頭飼育者の多くは動物を管理する意識は低く、ネグレクト(飼育放棄)が起きます。経済的な意味合いと低いケア意識という背景からほとんどの事例で不妊去勢処置はされないため、放置された動物は集団の中で繁殖・増頭してしまいます。

ホーディング(ため込み行為)に集団内繁殖が加わり、動物の頭数はどんどん増えます。このようにして多頭飼育は負のスパイラルに落ちてゆくことになります。

チームとしての対応

多頭飼育問題の解決には平均でも3年ほどの時間が必要ですがホーディングの性質上、一度解決しても何度も同じ行為を繰り返すことがあります。このため次の4点の対策が提唱されています。

❶予防
…すべての住民を対象にしたペット飼育や多頭飼育に関する教育の場を設ける
❷早期発見
…住民と行政で多頭飼育を初期段階のうちに見つける
❸チーム対応
…地域住民、行政、動物関係団体(獣医師会・愛護団体など)が協力して対応にあたる
❹再発防止
…解決後も行政がアフターフォローを行い、再発の兆しに対してチームとして早期対応にあたる

多頭飼育問題は時間が経過するほど動物が増え、解決までに膨大なエネルギーが必要になります。また、私たちが住むどこの地域でも発生する可能性があるため他人事でもありません。この問題の解決には住民・行政・動物関係団体がチームを構成し、早期対応と再発防止に努めることが大切です。

(以上)

執筆獣医師のご紹介

獣医師 北島 崇

本町獣医科サポート

獣医師 北島 崇

日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部獣医学科 卒業
産業動物のフード、サプリメント、ワクチンなどの研究・開発で活躍後、、
高齢ペットの食事や健康、生活をサポートする「本町獣医科サポート」を開業。

本町獣医科サポートホームページ

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