獣医師が解説

【獣医師が解説】ペットの栄養編:テーマ「冷めたご飯とレジスタントスターチ」

このコラムではヒトやペットの健康維持のために、食物繊維が重要であることを述べてきました。これを受けて私たちは野菜や果物、海藻などを食事に取り入れています。しかし元々肉食性であるイヌやネコが生野菜をバリバリ食べるというのも無理があります。なんとかいつものフードでも無理なく食物繊維が摂れるというわけにはいかないものでしょうか?

【米飯の不思議】

この前、とてもおもしろい研究報告を見つけましたのでみなさんに紹介します。朝食はパンである(パン派)という方と、ご飯である(米飯派)という方がおられると思います。さてこの場合、毎日の便通に良いのはどちらかという問題です。

整腸作用がある米飯

昭和女子大学の岩田宏美らは次のような試験を行いました(2008年)。

●被験者 女子大学生10人(平均年齢22.0歳、体重50.0kg)
●グループ 主食としてパンまたは米飯を摂取
  食パン群 …270g/日×7日間
  米飯群 …450g/日×7日間
●測定項目 
  1日の排便回数、1日の排便量(鶏卵個数相当として目視判定)

同じ被験者が食パンを7日間食べ、その後7日間米飯を食べるという試験設定です。結果としては食パン群よりも米飯群の方が1日排便回数は約10%、1日排便量は5%程度多かったという意外な成績でした。

食物繊維は少ない米飯

米飯=炭水化物のかたまりといったイメージがあります。このため整腸作用に関係する食物繊維は少なく、どちらかというと小麦粉を使ったパンの方がお腹の調子には良さような気がします。

今回の試験で摂取された両グループの1日分の栄養内容を比べてみると、タンパク質:食パン(25.2g)vs米飯(11.6g)、炭水化物:食パン(126.0g)vs米飯(172.5g)、そして総食物繊維:食パン(6.3g)vs米飯(1.4g)という値でした。

このように毎日の便通に良いとされる食物繊維に関しては、米飯は食パンのおよそ1/4しか摂れていませんでした。ではどうして米飯に整腸作用が確認されたのでしょうか?答えは米飯の炭水化物(デンプン)の中には食物繊維と同じ働きをする「レジスタントスターチ」という成分が隠れているためでした。

【レジスタントスターチ】

レジスタントとは「抵抗する」、スターチは「デンプン」という意味です。これよりレジスタントスターチとは消化酵素に抵抗するデンプンということで「難消化性デンプン」とも呼ばれています。

難消化性の成分

以前このコラムで凍り豆腐を取り上げました。その中で凍り豆腐には小腸で消化されにくい難消化性タンパク質(レジスタントプロテイン)が含まれていることを紹介しました。これと同じようなイメージのものがレジスタントスターチです。

食物繊維のように胃や小腸で消化吸収されにくく大腸まで届いて、ヒトやペットの健康維持に役立っている食物成分を大きくまとめてルミナコイドといいます。ルミナコイドはそれが炭水化物かタンパク質かで区分され、凍り豆腐のレジスタントプロテインはタンパク質グループに属します。

炭水化物グループはさらにデンプン性と非デンプン性に分けられます。非デンプン性のものには食物繊維やオリゴ糖があり、そして今回のレジスタントスターチはデンプン性のルミナコイドとなります。(なお、時々耳にする難消化性デキストリンというものもデンプン性ルミナコイドの仲間です)

大腸まで届いて働く

レジスタントスターチが体の中でどのように活躍するのかをまとめます。まず、食べ物として摂取すると胃を通り小腸に達します。普通のデンプンはここでアミラーゼなどの消化酵素の作用を受け、ブドウ糖まで小さく分解されます。そして血管に入り肝臓に運ばれ、その後はエネルギー源として使用されます。

対してレジスタントスターチの正体はデンプンですが、小腸での消化・吸収を受けにくく、そのまま通過して大腸まで届きます。ここで腸内細菌のエサになり善玉菌を増やすなどの整腸作用を示したり、小腸を素通りする時にブドウ糖や脂質の吸収を邪魔します(血糖値上昇抑制、コレステロール値低減)。

このように難消化性デンプン/レジスタントスターチは、ちょうど食物繊維と同じような健康機能をもった栄養成分ということになります。

4種類のレジスタントスターチ

とはいえデンプンであるレジスタントスターチが消化されにくいのはなぜでしょうか?この理由を元に現在レジスタントスターチ(RS)は次の4つのグループに分類されています。

○RS1(全粒粉など) 
…デンプンが穀粒に包まれていて消化酵素が作用しにくいもの
○RS2(生のジャガイモ、未熟なバナナなど) 
…デンプンの構造自体が酵素作用に抵抗するもの
○RS3(冷めた米飯など)
…糊化デンプンが老化した結果、消化性が低下したもの
○RS4(加工デンプン)
…化学的処理によりデンプンの構造を変化させたもの

【冷めたご飯の整腸作用】

ペットの食事については手作り派であるというオーナーのみなさんにとって、メニューを考えるのは楽しみの1つです。この時、昨日の残りご飯(米飯)に手を加えて与えるのはペットの健康にとって良い意味合いがあるようです。

老化するデンプン

先ほど紹介した4つのレジスタントスターチの中に「RS3:老化により消化性が低下したデンプン」がありました。この聞きなれないデンプンの老化について少し説明しましょう。

炊きあがりの熱々ご飯はもっちりして美味しいものです。この食感は白米中のデンプンが水と熱によって糊状に変わったことに因るもので、これを「糊化(またはα化)」といいます。

朝炊いたご飯でおにぎりを作りお昼のお弁当にして食べると、あのもっちり感は無くなっています。冷めたご飯では糊化したデンプンが元の白米中の状態に戻ってゆくためです。この変化が「老化(またはβ化)」です。

糊化デンプンは食べた時に美味しく消化が良いのですが、老化デンプンでは美味しさや食感は落ち消化吸収も低下します。冷めて老化した米飯中のデンプンはRS3に分類されるレジスタントスターチということになります。

米飯の冷蔵

RS3に相当する老化デンプンについてもう少し見てみましょう。炊きあがったご飯の温度が低下してその構造が変化するのが老化です。米飯の保存温度とレジスタントスターチが生成される割合を測定したデータがあります(菅原正義 長岡工業高等専門学校 2008年)。

炊飯後の米飯を20℃と5℃で保存し、経時的にレジスタントスターチの含有率を算出しました。その結果、常温である20℃でも時間の経過に伴いレジスタントスターチは生成されていきますが、5℃の冷蔵保存の方がそのスピードは速いことが判りました。冷めた米飯には老化デンプン=レジスタントスターチが多いということです。

レジスタントスターチの整腸作用

続いてラットを用いて、以下のように米飯から作った米粉を配合したエサの整腸作用を調べました。

●供試動物 ラット
●グループ
  対照群(8匹)
…コーンスターチを配合したエサ
  糊化デンプン群(8匹)
…炊き立て米飯米粉を配合したエサ
  老化デンプン群(8匹)
    …炊飯後5℃×24時間保存した米飯米粉を配合したエサ
●測定項目
  大腸内pH、1日糞便重量

試験開始10日後、各群ラットの大腸内pHを測定した結果、対照群および糊化デンプン群が7.2であったのに対し、老化デンプン群は6.8と低い値を示しました。また1日糞便重量も老化デンプン群が他2群と比べ多いという成績でした。

大腸内のpHが低いとは腸内細菌が増加し発酵が活発になった結果、有益な酸が産生されているということです。また糞便重量のアップは不溶性食物繊維のような成分が多いことを表しています。すなわち、冷めた米飯中の老化デンプン=レジスタントスターチは食物繊維に似た整腸作用をもっているということが確認されます。

高齢ペットに限らず、私たちの愛犬・愛猫はちょっとしたことでお腹の調子が悪くなります。こんな時には整腸剤や乳酸菌サプリを与えますが、常日頃から腸内環境を健全な状態にしておくことが大切です。

腸内細菌の応援→食物繊維が大切→野菜・果物を与えようと連想しがちですが、食物繊維を増やすことにより逆にペットの栄養バランスが崩れるのも心配です。このような時の対策として今回、米飯に含まれているレジスタントスターチを紹介しました。

昨日の残りご飯はパサパサしていますが、冷蔵庫の中で一晩保存したことにより一部のデンプンは老化してレジスタントスターチに変化しています。この冷めたご飯(米飯)を出汁・スープで煮込んでお粥や雑炊などの手作りフードに挑戦してみてはいかがでしょうか?レジスタントスターチは主食となるデンプンでありながら、食物繊維の性質を持つうれしい機能性成分です。

(以上)

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執筆獣医師のご紹介

獣医師 北島 崇

本町獣医科サポート

獣医師 北島 崇

日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部獣医学科 卒業
産業動物のフード、サプリメント、ワクチンなどの研究・開発で活躍後、、
高齢ペットの食事や健康、生活をサポートする「本町獣医科サポート」を開業。

本町獣医科サポートホームページ

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