「私とこてつ」
帝塚山ハウンドカムの松下です。
幼少期の頃はよく犬に噛まれていました。
近くの中華料理屋のチャウチャウに噛まれたときは
本当に号泣した記憶があります。
おじいちゃんの家にはコロと呼ばれる犬がいて
そのコロにもしょっちゅう噛まれていました。
なにやらよく妊娠中のコロのおもちゃを取り上げていたらしく、
それで噛まれていたようです。
そんなコロがめでたく出産をして、
我が家でもその子犬の1匹をもらうことになりました。
これが私が初めて犬を飼うことになった始まりです。
いかにも和犬の雑種という顔をしていたその子は
「こてつ」と命名されました。
このこてつですが、なかなか人懐っこくもなく、
家族の順番を見事につけてくれる子で
どうも幼い私は一番下でした。
そしてプライドが高く、気が強い犬でした。
私が住んでる地域は田舎で、野良犬も多く、
「こてつ」は、近所の野良犬2匹を従えては縄張りに入ってくる野良犬に、
喧嘩を売りに行くさまを見かけました。
幼い私にはそんな「こてつ」の姿がなぜだか誇らしく思えました。
そもそもなんで野良犬従えて歩いているのって思うかもしれませんが
「こてつ」はある時からセルフ散歩をするようになりました。
ドアの前にいってドアを開けてもらうと、
1時間ほど出かけてきて、帰ってくるとドアの前で「わん」と吠えて
家の中に入っていくような感じでした。
当時はなにも思わず見ていましたけど、
よくよく考えるとかなり危険な行為です。
そんな「こてつ」は非常に姉を慕っており、姉をわざと兄弟が叩くふりをすると
勇敢にも姉をかばい立ち向かっていきます。
えぇ、まさに忠犬ってな感じでした。
姉は毎日しっかりと面倒を見ていたので、
人と犬の信頼関係というものを幼いながらに教えてもらった気がします。
「こてつ」のことを思い返すと、いろんなエピソードがあります。
おばあちゃんはとんでもないものを食べさせていました。
当時の食事といえば、ごはんの残り物であったり、
冷蔵庫にあるものを煮込んで食べさせたりというものでしたが
「なんか最近よくご飯食べたら吐くねん」
とあるときおばあちゃんが言っており、
煮込んでいる内容をみると玉ねぎを一緒に煮込んでいました。
おばあちゃんなりに美味しいものをという気持ちだったんだと思います。
いまでこそ玉ねぎは駄目だなんて浸透していますが、
当時のうちの周辺なんかではそんなことがごく当たり前にあったのかもしれません。
そんなハプニングがあっても「こてつ」は元気に17歳くらいまで生きました。
最後の瞬間は見届けることができませんでした。
もういよいよ弱り切っているなってときに、1日に少しは外の空気を吸わせてあげるために玄関先に
つないであげる時間を作っていたのですが、ある日外につないでいて
少し目を離したすきに忽然と姿を消していたのでした。
ものの数分のでき事だったので、姉と近辺を探し回りましたが見つけることはできませんでした。
プライドの高い彼は最後の姿を見せたくなかったのかな?
などとも思いつつ、どうしても最後を見ていないから死んだとは思うことができず、
このときはペットロスという感情を強く持つこともなかったです。
私がペットロスを感じるのはもっと先のことでした。
「こてつ」には信頼関係や、動物を飼うということを教わりました。
あとは犬に玉ねぎがだめだってことも教えてもらいました。